年齢の重ね方

先日、56歳の誕生日を迎えました。ここまで生きてきてこれたことに、さらに今のところ健康で、ほぼ毎日テニスができる元気があることに、支えてくれている多くの方々に感謝することはあっても、誕生日で嬉しい!みたいな感情は全くありません。それよりも誕生日になると死について考えるようになったのは、相応の年齢になってきたからだと思います。なにしろ、スティーブ・ジョブズが亡くなった年齢になってしまったのですから!

これから、きっと何年かごとに僕の中の何かが死んでいくことになるでしょう。運動ができなくなる死、記憶が作れなくなる死、気の利いた会話ができなくなる死、など少しずつ何かが僕から消えていき、そしてその順番は僕には決められないのでしょう。だからこそ、毎日何か一つやりたいことを加えていきたいと思います。朝起きて、今日はこれをやろう!と思ったことを、躊躇しないでやろうと思います。海を散歩するのでも、山に登るのでも、誰かに電話をするのでも、昼からビールを飲むことも!(家から仕事をしてるので、たぶんバレない)そして、その時に考えたことをちゃんとどこかに残しておこう。

そんな風に、ささやかでも何かを生み出しながら、歳を重ねていきたいと思います。

カフェ文化の違い

3週間の東京への出張を終えて、サンシャインコーストに帰ってきました。

サンシャインコーストに帰ってきて、まず最初に出かけたところは、通い慣れたカフェでした。カフェの店員さんに、久しぶりねと声をかけられ、東京に3週間行っていたことや、家族の話をした後、ここのコーヒーが飲みたかったんだよね、みたいな話をしました。そう、カフェでは店員さんと話すのがオーストラリアです。特に田舎の小さな街では。

東京では、例えばスターバックスなどのカフェに行くと、多くの人たちが本を読んだり勉強をしたりして、個人の時間を楽しんでいます。コーヒーを楽しむというよりは、一人の時間を楽しむためにカフェを利用している感じです。ですから、テーブルや椅子のレイアウトも、個人の空間を確保するために作られています。あんなオープンな空間に、多くの人が自分のことだけ考えて静かに何かに集中している姿は、コーヒーを楽しみながら誰かと話しに行くオーストラリアのカフェに慣れてしまった僕にとっては、逆に居心地が悪いのです。

きっと、この日本的なカフェの使われ方、楽しみ方は、スターバックスやカフェのオーナー達が意図したものではなく、日本人のニーズによるものです。つまり、あれが日本の(たぶん都会の)カフェ文化なのでしょう。

オーストラリアはカフェ文化が独特とか言われ、コーヒーの消費量が多いとかフラットホワイト、ロングブラックなどオーダーの仕方が変わってるとかの話をネットでも見かけますが、何よりも日本と違うのは、カフェはコミュニケーションの場なのだということだと思います。ぜひ、オーストラリアに留学したら、そんなカフェ文化を楽しみに、友達と出かけてみてください。

いい人でいる戦略

旅も終わりに近づいてきて(と言うかほぼ終わっていて、現在はゴールドコーストにいます)サンシャインコーストに戻った時の家探しを始めました。実は、正月明けに前に住んでいたアパートの管理人さんに連絡して、2月か3月かに空く部屋があるかたずねてみました。「残念ながら一つ空く予定の部屋があるけど、すでに6人が申し込んでいるから、ちょっと難しそう。お役に立てないけど、他でいい家が見つかったら推薦状とか書いてあげるからね」と言う回答でした。そのアパートは綺麗だし、住んでる人は年配の人が多くて落ち着いてるし、プールは大きいし、ジムもあるし、カフェもあるので、僕のように家で仕事をする時間が長い人にとってはとても便利なのでしたが残念でした。


いよいよ、サンシャインコーストに戻るまでに1ヶ月を切ったので、先週から不動産賃貸サイトを眺めだし、検索してあたりをつけて、いくつか連絡する候補のリストを作っていたら、先週の金曜日にいきなり、その前のアパートの管理人さんからメールがきて、急に一つの部屋が空くことになり、まだ誰にも話してないので、もしまだ家を探していて、興味があるならすぐに返信して、というものでした。もちろん、興味があるので、現地にはいけないけど写真ある?と返信し、写真を数枚送ってもらって、すぐに保証金を送金して、その部屋を確保してもらいました。

数日はかかるだろうと思っていた家探しが、わずか1日もかからずに、それも納得する家を確保できました。これは、僕たちが前に住んでいた時に、いつもにこやかに挨拶したり、部屋をとても綺麗に使っていたり、退出する時もしっかりと掃除などをしたので、管理人さんとしては、僕たちに貸せば安全だと思ったのだと思います。他の人に話す前に、僕にメールしてくれたのは、本当にラッキーだったし、他の人から言わせれば不公平な話です。

ただ、世の中は、このように不公平です。そして、不公平の恩恵にあずかるためには、権力者になってどこかの政治家みたいにずるい取引を実現させるか、「いい人」でいて親切なオファーを受け取るかなのです。もちろん僕は権力者よりもいい人の道を選んでいきたいと思います。

2018年の抱負

オーストラリア人の新年の抱負で一番多いのは「痩せる!」ということらしいですが(当然か)、僕の今年の目標は「機会を逃さない」ということです。

今年、僕は56歳になるのですが、おかげさまで体は動くし、今のところ健康だし、会社は順調だし、とても恵まれた時期を過ごさせてもらっています。怖いのは、順調だから起きる守りみたいなものです。チャンスに対して、積極的に動かず、次があると思ってしまう。そのようなマインドセットにならないように、今年は(たぶん、これからずーっと)気をつけていきたいと思います。

これから、僕の人生の中で、次がまたあるチャンスというものはもう多くはないと思います。ですから、本当に一期一会ということを意識して実践していくことが悔いのない人生を送るために大切なんだと思います。

素敵な人に会える、頑張っている若者に会える、素敵な場所にいける、強い選手とテニスの試合ができる、オーストラリアの大学教授とビジネスの話ができる、そんな好奇心をくすぐってくれるところや、僕のサポートや助けを必要としている人のところへは積極的に、その代わり、お付き合いみたいな時間はできるだけ少なくして、ストレスのない日々を過ごすのが2018年の目標です。

海がプラスティックだらけになる前に

先日、サンシャインコーストのイベントで、A Plastic Oceanという環境問題をテーマにして映画の上映会が近くの高校で開催されました。うまく探せませんでしたが、日本でも上映会などは開かれているのかもしれません。

内容は、プラスティックやビニールの廃棄物がリサイクルされず、そのまま埋め立てに使われ、それらが海にどんどん流出したおかげで、海には多量のプラスティック製のゴミや、粒子状になったプラスティックが浮いていて、魚や海鳥、亀、クジラなどの海洋生物に深刻な影響を与えているというものです。深刻かつ緊急に対応する必要のあるテーマなので、日本の皆さんも、ぜひどこかで探して観ることをお勧めします。

どうして、こんな危機的な状況になるまでプラスティックの害について、僕たちは気づかなかったのか?それは、僕たちがプラスティックやビニールで包装されているものの方が安心だと感じるように洗脳されてしまったからだと思います。例えば、スーパーマーケットで、土がついた野菜よりも綺麗に洗われてビニールのパックに入った野菜の方に手が伸びてしまうのは僕だけではないと思います。そちらの方が、便利とかと言うより、綺麗なものと言うイメージを持ってしまうのです。そして、そのビニールのパックは、そのまま捨てられ、長い時間を経ながら環境を汚染します。

オーストラリアでは、包装に使われるビニールやプラスティックの95%がリサイクルされず、一度だけ使われて、廃棄されるそうです。それを変えるだけでもプラスティックの消費量は随分と減ると、上映会の主催者は話していました。クイーンズランド州は来年からスーパーなどでのプラスティックバッグの使用が禁止されます。政治とは、このような利害関係が一致しないであろう問題について、長期的な見地に立って判断をするためにあるのだと思いますし、僕の会社でも今年は環境問題について何かしらのアクションを起こしていきたいと考えています。




25歳のスタート

パースに住んでいる娘2人が揃って、サンシャインコーストに先週末から数日遊びに来て、帰っていきました。

この歳になると、僕が娘たちに何かを教えていくことはほとんどありません。僕が読んだ本や、観た映画や、興味の有る分野の話の中から、彼女たちの人生においてそれが良さそうであれば、彼女たちがそれを選択していくだけの話です。様々な分野の話をする中で、お互いに 「それって面白いよね、それって素敵だよね。」 みたいな会話になる時が、僕にとってはとても幸せなひとときです。

今回、あらためて気づいたのは、彼女たちと話をしていると、きっと僕の方が学ぶことが多いだろうということです。25歳と24歳の彼女たちの方が、僕よりも人生に対してずっと純粋に向き合っています。大学と大学院で興味の有る分野を学び、その学びを生かして社会に出たと言っても、彼女たちの人生は、まだまだ始まったばかりです。不安や焦りや夢や希望や未来や日常が、入り混じっています。そんな状況は海外に出ていきたいと真剣に考え出した僕自身の25歳の時と重なります。今でこそ、海外で会社を経営し、若者たちに海外に出ようとか言ってるおじさんですが、25歳の僕は何者でもなく、このままでいいのだろうかと焦りまくっていました。

娘たちとの会話や時間は、僕にあの頃の初心のような思いへ帰らせてくれて、その時から今までにお世話になり、導いてくれた多くの方々からの言葉を思い出させてくれるいいきっかけになりました。そう、25歳はみんな悩んでいます。そこから、何をスタートさせるかについて、僕たちが少しでも役に立てればと思うのです。

何やってんだよ、俺。

18歳の時、日常生活には何の支障もないのに、テニスをちゃんとしたいがために、肩の手術をしました。麻酔から覚めて腫れ上がった肩の痛みに耐えながら、眠れない、何も食べれない夜を過ごしながら「何やってんだよ、俺」とつぶやいたのを覚えています。しかし、その手術のおかげで55歳の今でも、元気にテニスができています。

47歳の時、潰れそうな会社を引き取って、金策に駆けずりまわったり、事業がよくわかってない人に頭下げたり、眠れない日々を何日も過ごしながら、何度となく「何やってんだよ、俺」とつぶやいていました。しかし、素晴らしい共同経営者に出会い、そこを乗り切ったおかげで、今は「オーストラリア留学」のNo1の会社として、成長する喜びを社員たちと分かち合っています。

何度か訪れる 「何やってんだよ、俺」 という時がなければ、僕の人生は本当に退屈だったのかもしれません。後戻りできないところから復活していくことがドラマだし、たった一度の人生なら、ドラマであって欲しいと思うのです。

55歳になっても、テニスの試合を2日間で9試合もやって、帰りの運転中に全身がつって、車を停めてのたうちまわっている時に「何やってんだよ、俺」と何度も叫んだりしていますが、これから60歳になり、70歳になっても、「何やってんだよ、俺」と言ってたいし、そんな状況を楽しみながら、最後まで突っ走っていきたいと思います。

おっさんでは住みにくい社会

今日は55歳の誕生日でした。

オーストラリアに住みだして6年が過ぎようとしています。これだけ離れていると、日本の学生時代の友人たちとも年に1回くらいしか会わないので、僕には日本の55歳がいったいどんな感じなのか想像ができません。まだ子育てが終わってなかったり、定年までの年数を考えたり、健康について考えたり、きっと20代の時に比べて一人一人がそれぞれ違う生き方や考え方をしているのだと思います。

それでも、自分の誕生日に「同世代はどうしてるんだろう?」とかって考えるのは、日本社会が「同い年」というものを常に意識させることに僕も慣れている証拠なんだと思います。中学や高校の時の部活などでの「自分たちの代」とか「先輩たちの代」とかいう考え方や、新卒一括採用での同期入社とその中での出世競争とかっていう世界は、オーストラリアではたぶん理解されない文化の違いです。

オーストラリアでは、年齢を聞かれることもないし、年齢が高い方が絶対的に偉いということもないので、年功序列で生きてきた日本の年寄りにとっては、もしかしたらタフな世界かもしれません。だからこそ、55歳の僕にとっては若い人々と仕事をしたり遊んだりするために、いつもチャレンジしていなくてはいけないのです。おっさんにならず、ちゃんとした大人でいなくてはいけないこの国での生活は修行みたいで、僕は結構気に入っています。

抜け出したいモチベーション

先日、週末にゴールドコーストでテニスの試合があったので、1泊する必要があり、プライベートだし、僕一人だし、小綺麗でリーズナブルなモーテルを予約しておきました。サンシャインコーストから約3時間のドライブをしてそのモーテルに着いたら、受付の人が、「あなたの部屋に昨晩泊まった年配の人が転んで怪我をして、動けないので、もう1泊することになったので、申し訳ないけど近くのモーテルに部屋を取ったから、そっちに行ってくれます?」ということで、もちろん僕は構わないですよと答え、3軒隣のモーテルに移動しました。

しかし、そこはどう見てもランクが2つくらい低く、隣の部屋の前ではタバコを吸っているおばさんが2人で大声で話してるし、部屋は薄暗いし、ハンガーは針金だし、、久々に犯罪の匂いもするような部屋に泊まることになりました。若い時には、お金がなくてそんな場所に泊まったことも何度かありましたが、その時の記憶が蘇りました。そんな時、「絶対、将来はこんなところに泊まらないで済むようにしよう!」みたいなことを考えていました。

人より金持ちになりたい、人より美味しいものを食べたいみたいなハングリー精神が、モチベーションにつながる時代は随分昔に終わった気がしますが、嫌な場所や耐えられない環境から抜け出したいという欲求はまだまだモチベーションにつながっていくのかもしれません。窮屈な社会や窮屈な環境から抜け出すためのきっかけをオーストラリアへの留学に求める人たちにも多く出会います。新しい環境で、どのように生活を始め、いい人間関係を構築していくかをアドバイスするのは、実際に現地でそれを経験してきた僕たちにしかできない仕事だと思っています。

人身事故な日常

約10日間の東京出張を終えて、オーストラリアに戻りました。

東京に出張すると必ず遭遇するのは地震と人身事故による電車の遅延です。

先日も夕ご飯を食べて中央線に乗っていたら、遅れてました。電車が止まって人身事故だというアナウンスがあっても多くの人はとても冷静で、自分が待ち合わせに遅れることをメールで伝え、我慢強く待っています。大学生か高校生くらいのグループは、「ありえない、遅れちゃうよ!」とか最初は文句を言ってましたが、そのあとはいつもの他愛のない話を楽しんでいました。

最近は人身事故があっても動き出すまでに15分とか20分くらいしか時間がかからないので、東京に住む人にとっては、起きることが可能性として組み込まれた日常の出来事なのです。ポイント故障も、誰かが線路にものを落としちゃうのも、人身事故も、先を急ぐ乗客にとっては電車が遅れる理由の一つであって、大差はないのだと思います。人がたぶん一人亡くなっているという想像力は意識的なのか無意識なのかわかりませんが封印してしまうのです。

そうやって、僕たちの命に対する感性はどんどん麻痺していきます。弱い人がいなくなっていくのはしようがない現実だという、強者が作った社会の雰囲気に流されないためにも、人身事故のアナウンスを聞いたら、そこで一人の命が終わったんだということを想像すべきなんだと思います。