社会を支える人々

オーストラリアで暮らしていると、さまざまなところで、日本との違いに気づくのですが、その一つがブルーワーカーの人々が元気そうに見えるということです。ビルや家などの建築現場、道路の工事、草刈りや街路樹の剪定などの仕事、そんな仕事をしている人たちは朝早くから現場に行って、元気に仕事をしています。給料もしっかりと設定されているので、オフィスで働く人たちと変わらない収入があるのだと思います。もちろん、体が資本の仕事なので、大変だと思いますが、オフィス仕事をしたくない人々もある割合ではいるのですから、その人たちがちゃんと生活していける仕組みがあるのがオーストラリアの安定した社会を作っていると思います。

日本社会では、そのような人々の扱われ方が、不公平な感じがします。若者たちで、そのような仕事につきたいと考える人たちは少ないでしょうし、そのような仕事をしている人たちの年収は平均以下かもしれません。でも、社会を支えているという意味では、大企業のほとんど生産性が無いおじさんよりも、ずっと社会のためになる仕事をしているわけで、仕事の価値としての対価が収入とするなら、仕事をしてないおじさんよりも、給料は高くあるべきだと思うのです。

ブルーワーカーの方達の仕事でも、自動化やAIに脅かされる仕事もあるとは思いますが、よく考えてみると普通のオフィスワークに比べると、ずっとマニュアル化しづらい仕事が多いことに気づきます。まずは、そのような社会を支える人々の賃金を上げて、しっかりとした生活を可能にすることが、優しい社会に向けての第一歩になると思います。

自然に戻る楽しみ

9月になりました。10月の末には、サンシャインコーストのアパートを引き払って、また車での旅が始まります。今回は、どのくらいの期間旅を続けるのかとか、オーストラリア1周するなどの目標がないので、一つの場所にゆっくりと時間をかけながら、オーストラリアを楽しみたいと思っています。最初に目指すのはメルボルン経由でタスマニアです。11月の初旬から1月の初旬まではタスマニアの自然の中にいるつもりです。自然の中の小屋みたいなところに滞在しながら、シンプルな生活と散歩を楽しむつもりです。

都会育ちの僕が、なぜそんな生活に快適さを感じ、やめられなくなったのは、自然の中には、誰の思惑も感じることが無いからかもしれません。自由との付き合い方を自分なりに決められるというのは、現代人の特権だとは思いますが、僕の場合は、人々の思惑がうごめく都会の生活は十分に楽しんだと思えるので、人が触ったことのなさそうな自然の中に放り込まれると、すごく自由な感じを得ることができるのです。

幸い、オーストラリアには僕を食べようとする猛獣はいないので、きっと日本の山奥を歩くよりも緊張感がないことも、いいのだと思います。そしてオーストラリアの国立公園は、日本では考えられないくらい人に出会わないし、最低限の道だけ整備されているので、その素朴な感じもなかなか心地がいいのです。

コロナもある意味で収束をして、留学生たちが前のようにオーストラリアに戻ってきて、経営者としてのストレスはずいぶんと少なくなったので、自然の中をあまり物事を考えずに、歩いていきたいと思います。

マーケットが好きな理由

先週の週末に、サンシャインコーストの内陸にあるWittaという村のマーケットに行ってきました。僕たちは、普段の生活でも野菜はマーケットで買うことが多いし、オーストラリア一周の旅をしている時も、その街のマーケットで買い物をしていました。数多くのマーケットを見てきましたが、Wittaのマーケットは、その雰囲気がオーストラリアの中でも一番ではないかと思うくらい素敵です。広々とした芝生に、さまざまなお店が出て、必ず地元のミュージシャンが音楽をやっていて、田舎なので、みんな買い物だけでなく、ゆっくりとそこで時間を過ごすためにやってきている感じです。できるだけ、留学生たちも連れていくのですが、必ず気に入ってくれるマーケットです。

なぜ、僕たち夫婦がマーケットが好きかというと、地消地産ということで、環境への負荷が少ないということと、新鮮でオーガニックなものが手に入るということに加えて、小さなお店で頑張っている人たちを見に行ったり、お話をしたりするのが楽しいからです。東京の高級スーパーマーケットでは味わえない、素敵な時間を過ごすことができます。せっかく自分の大切なお金を使うのだったら、応援したくなる人たちに使いたいですよね。

このWittaのマーケットでは、応援したい店がいくつもあって、パン屋さんとか、かつてうちの会社のお客様で永住権を獲得した方がやっている指圧のお店だったり、日本人がやっているお味噌屋さんだったり、日本人が少ないサンシャインコーストで頑張ってる日本人の方達にも会うことができます。もちろん、オーストラリアの田舎の人々たちの作ったジャムやレリッシュなども最高です。

でも、一番応援したくなったのは、この子たち。ニワトリを1ドルで抱かせてくれるビジネスをしていました。サインも手作りで可愛いし、でもちゃんとルールも書いてあって、しっかりと経営?されています。僕の奥さんが1ドル払って体験していました。1ドルで、絶対に幸せな時間を得られるというのは、かなり高い投資対効果が約束されているビジネスですよね。子どもたち、将来が楽しみです。

土に還る雑誌

僕たちはスーパーマーケットで買うのは牛乳や豆腐など限られたものなので、あまり行かないのですが、それでも週に一度くらいは近くのIGAというスーパーマーケットに散歩がてら出かけます。歩いて行けるし、地元の会社の商品(コーヒーとかジャムとか)が並んでいるコーナーとかもあって、なぜか親しみが湧く、コンビニみたいなお店です。

そこでふと見つけたのが、こんなフリーペーパー。僕が住んでいるサンシャインコーストの情報が掲載されています。基本的には、サンシャインコーストのビジネスを紹介する記事広告的な内容ですが、ちゃんと編集されているので、読みやすかったです。そして、それに加えてその雑誌のコンセプトがなかなか面白かったので、紹介します。

まずは、この雑誌は土に還る紙に印刷されています。読み終わったら、友達にあげるか、リサイクルするか、ミミズにあげてねと書いてあります。環境に負荷をかけないという意味では、コストやエネルギーを追加してリサイクルするより、自分の庭にそのまま捨ててミミズが食べて土が豊かになるというのは、いいですよね。

そして、この雑誌のさらに面白い挑戦は、雑誌のWEBサイトもSNSもデジタル版も作っていないということです。つまり20年前に戻って、デジタルな世界に繋がっていない時間を意識的に作って、お茶でも入れて、この雑誌を読んでね。というメッセージなのです。SNSに疲れている人たちが増えている今だからこそ、説得力も出てきます。

サンシャインコーストであれば、そんなメッセージも多くの人たちが受け入れてくれると思います。たった1万部発行の紙媒体。でも既に11号になっていました。サンシャインコーストの人々の、ゆっくりとした時間に貢献しているんですね。ビーチでの昼寝前にちょっと読みたくなる雑誌でした。

60歳のとき

60歳になりました。

中学校1年生か2年生の時に、エルトン・ジョンのYour Songを聴くためにアルバムを買ったら、「60歳のとき」(Sixty Years On)という悲しい感じの歌が入っていました。「60歳の時に、僕のことを誰が教会に連れていってくれるのだろうか、、、、60歳まで生きたいとは思わない。。」みたいな歌詞で、人生の中で初めて60歳を意識した経験でした。そして、僕も60歳までは生きていないんじゃないかなと、13歳か14歳の時には真面目に思っていたのです。

そんなことを考えていた僕の人生もあっという間に過ぎていき、60歳になってしまいました。素敵な家族に恵まれ、いまだに健康で毎日テニスをして、仕事も順調で、かなり幸せな60歳なんだと思います。

でも、友人の何人かは、もうすでにこの世にはいないし、そんな無常を考えると、別に今の幸せを維持していくことを目指して生きていてもつまらないと思うのです。つまらないというか、うまくいかなくなることが増えていって、辛くなっていくと思うのです。最近、60代の方の自殺が多いのは、そんな過去へのこだわりが理由なのかもしれません。

ですから、還暦ということで、また赤ちゃんに戻って赤い服を着なくちゃいけないなら、ゼロに戻って、新しい実験を始めたいと思います。さらにミニマルな生活を確立して、また旅を始めるつもりです。昨年、1年間のオーストラリア一周の旅を終わった時には、5年後くらいにまた旅の生活に戻りたいとか言っていたのですが、1年で路上生活に逆戻りです。

幸いにも、オーストラリアの国境が開き、多くの留学生たちが戻ってきているので、きっとさまざまな場所でお客様たちに会えるでしょう。出来るだけ多くの留学生たちと、街のカフェや、森の中を歩きながら、そしてビーチを眺めながら、あるいはテニスをしながら話をして、旅を続けていくのが、僕の60代の過ごし方になっていくのだと思います。

みんなで休もう

留学会社には、日本にオフィスのある会社と、留学先、僕たちの会社で言えばオーストラリアにオフィスのある会社の2つのタイプの会社があります。インターネットのない時代は、日本にオフィスのある会社が宣伝をしてカウンセリングをして申し込みをもらって、お客様を留学させて、オーストラリアにある現地の会社はそのお客様のサポートをするというのがこの業界のビジネスの仕組みでした。しかし、インターネットの普及とともに、リアルな情報を持つ現地の会社(つまり僕たちのような会社)がWEBサイトやメールで、直接お客様とコンタクトをして、申し込みをいただき、サポートも無料で提供できるようになりました。そして、最近はZoomなどのオンライン会議の仕組みを使って、オーストラリアと日本を繋いでカウンセリングが出来るようになり、メールカウンセリングの時代に比べて、質と効率性を高めることができています。

ところが、オンラインカウンセリングの需要が高まっていく中で、新たな問題が起きてきたのです。オンラインカウンセリング希望が日本時刻の夜の7時とか8時からという方が、何人もいらっしゃるのです。あるいは、平日は仕事で忙しいので週末にというお客様も多いです。残念ながら、うちの会社は営業時間はオーストラリアの9時30分から18時まで、週末はお休みなので、そのようなご希望に添うことができません。きっと日本の留学会社は残業して夜にカウンセリングはするし、週末も営業をしてチャンスを逃さないのでしょうね。

オーストラリアに住むようになって、最初の頃は、ショッピングモールのお店が夕方の5時に閉まっちゃったり、レストランでさえ8時くらいにはラストオーダーになってしまうことがとても不思議でした。あと1時間でも長く営業すれば、もっと売上も伸びるのにとかって思ったのですが、実はそんなことはなくて、多くの人々がそういう時間帯で生きているので、営業時間を伸ばしたところで、それに見合う利益は得られないようです。夕食は家族やパートナーと一緒に6時30分とか7時に食べて9時とか10時には寝てしまう。週末は家族や友だちと自然の中で過ごすのでオフィスに行くことなんてあり得ない。そんなオーストラリアのライフスタイルに慣れると、とても心地よい毎日です。

でも、日本で生活している人たちに対して、平日の日中しか対応できませんとかっていうのは、サービス業としては話にならないのですかね。仕事が忙しくても、どうせその仕事を辞めて留学することを考えているのだから、半日くらい休んじゃったって大丈夫、というわけにもいかないのでしょうね。うーん、悩ましいところですが、みんな気兼ねなく休める社会になって欲しいですね。

社会を変えるステップ

オーストラリアではこの週末に総選挙が行われます。今回の選挙では、9年ぶりに労働党が政権を取るかどうかに注目が集まっています。

オーストラリアで選挙が行われるたびに考えるのが、投票は権利なのか義務なのかという問題です。オーストラリアでは投票に行くことは国民の義務だと考えられていて、投票しないと罰金が科せられます。罰金と言っても2,000円くらいの話なのですが、それを期日までに払わないとまたさらに高くなって裁判所に呼び出されたりするようです。そんなシステムのおかげで、オーストラリアの投票率は90%くらいを維持しています。

日本はご存知のように、投票率は50%に達しません。そして、投票に行くのは年寄りばかりなので、政権を担っている政党のマーケティングとしては、年寄りに優しい政策を打ち出せばいいし、投票しない若者の未来なんて考える必要もないのです。そんな状況では、長期的な視点を持って、国民の生活を良くしていこうなんて不可能ですよね。

選挙を開催するには、たぶんすごくコストがかかると思います。有権者ひとりあたりにかかるコストって幾らくらいなんでしょう?棄権する人たちに、棄権するなら少なくともそのコストは負担してねと罰金という税金を納めてもらうなど、オーストラリアのように、ある程度の強制力を持たせないと、いつまで経っても投票率は低いままで、爺さん婆さんにウケの良い政策が続いて、これから先も若さが感じられない社会が続いていくのだと思います。

このブログを書くにあたり、国民の権利とか義務について調べたのですが、日本国民の義務は教育・勤労・納税だと、小さい時に学んだことを思い出しました。でも今の世の中、学びたくない、働きたくない、税金払いたくない人がいっぱいいる感じですね。これから、いったい、どうなっていくんでしょう。

勝ったり負けたり

テニスをやったら、調子のいい日も悪い日もあって、勝ったり負けたりします。負けると少し落ち込みますが、また次の日には、練習をしてもっと強くなることを考えます。

留学カウンセリングをやったら、ときどき、お客様から連絡が来なくなって、他の会社さんで申し込みをしたことが分かったりします。そんな時は、少し落ち込みますが、もっといい提案ができるように、知識を増やしていきます。

そんなふうに、世の中や人生は勝ったり負けたりの繰り返しです。だからこそ、人間的にも成長するし、人格も磨かれるし、人間の幅も広がっていくのでしょう。

でも、世の中には、負けることを絶対に受け入れない人が、稀に存在します。そんな人の中で、ずる賢い人がやることは、自分が絶対に負けない仕組みやルールを作ることです。社会はそういう人を権力者と呼びます。

民主主義とは、どのようなルールを作って権力者を選ぶかではなく、権力者を作らないためにはどのようなルールを作るべきかを考えることなんだということを、子どもたちにはきちんと教えていかないといけないのだと思います。

やり切っていくこと

今週のオーストラリアのニュースで長い時間が割かれていたのが、世界ランク1位の女子テニス選手、アッシュ・バーティーが25歳で引退をするというものでした。今年の1月に開催されたオーストラリアオープンでは1セットも落とさずに優勝して、これから数年はバーティーは圧倒的に強いのだろうなと思っていた中での引退は、人々を驚かしています。お金のことを考えても、賞金だけでもこれから数年間で10億円とか20億円くらいは稼げるはずなのに、なんで今やめちゃうの?というのが多くの人たちが最初に思うことでした。

しかし、彼女にとってみれば、テニスでは目標にしていたことは達成できたので、アスリートとしてではなく人間としてやりたいことに取り組んでいきたいということでした。そんな潔さに、オーストラリア人たちの好感度はさらに高まって、国民みんなが彼女を応援している感じです。

日々は、基本的にやりたいこととやらなくてはいけないことで成り立っています。考えてほしいことは、やりたいことに何を選ぶかとか、やらなくてはいけないことに何を選ぶか、に時間を使うのではなく、目の前にあることをやり切っていくことなんだと思います。大学生なら、卒業するまで勉強をひたすらすればいいし、社会人になったらその仕事をやり切ればいいし、子どもができたら自立するまでサポートするのです。ひとつひとつやり切って、また次のことを頑張っていくことが充実した毎日を過ごす方法だと思います。

そして、やり切ったかどうかは、自分自身が決めることなので、他の人の意見とか目を気にする必要はありません。1年でもやり切ったと思えば、次に行けばいい。中途半端な状態でフラストレーションやストレスをためながら生きていくのは、たった一度の人生の時間がもったいないです。

僕も、経営者という仕事においてのやり切った感がそろそろ出てきました。これから数年で、さらに会社を強くして、かつ経営を次世代の人たちに引き継いでいって、僕は残り少ない人生でやりたい新しいことに(もう決めてあります)挑戦していきたいと思います。

朝のカフェで

平日の朝、始業前の時間は、ほとんど毎日テニスをしているので、カフェに行くことはないのですが、金曜日はテニスの予定を入れることが少ないので、家でコーヒーをいれる代わりに、ちょっとカフェに行きたくなります。今日は、豆も買いたかったので、旅をする前によく行っていたロースタリー(焙煎するところ)に2年ぶりに寄ってみました。

そこはコーヒーを飲むこともできるのですが、カウンターやテーブルは少なくて、ほとんどの人たちはテイクアウェイで自分の好きなコーヒーを買っていきます。僕たちは、アジア系の顔をしたバリスタの人とちょっと話をして、買うべき豆を決めて、店内で飲むコーヒーとクッキーをひとつ注文して、出来上がるのを待っていました。

バリスタの人がコーヒーを持ってきてくれた時に、「どこから来たの?」と聞かれたので、元々は日本からだよと答えたら、やっぱりということで、その方も日本人でした。オーストラリアに10年以上住んでいるということで、英語力も雰囲気もこちらで育ったアジアの人みたいでした。サンシャインコーストの僕が住んでいるエリアは本当にローカルの人しかいないので、日本人に会うのは珍しいのですが(特に男性に)ひとときの日本語での会話を楽しみました。このロースタリーで働き出したのはこの1年くらいだそうで、焙煎もやっているので、フルタイムで働きながら、他の時間は映像の仕事もされているそうです。

思いがけないところで、頑張っている日本人に会うのは、うれしくなったり、心が和らいだりします。愛国心があるからとか、そういうことではなく、やはり同じ土地や文化で過ごしたことがある人には、何かのつながりを感じるのでしょう。

今、国とは何か?民族とは何か?国籍とは何か?のような問題を考えている人たちが世界中にたくさんいると思います。僕やそのバリスタの彼のように外国に暮らす人たちにとって、母国がちゃんとしている、母国がリスペクトされているということが、いかに大切なことであるかを、国を動かす人たちは考えるべきなんでしょうね。