海岸沿いの小さな街

今回の旅の目的地を決めるにあたって、「オーストラリアの魅力的な小さな街ベスト100」みたいなサイトはいくつか読んで検討をしました。そんな時に、いつも「クイーンズランド州の魅力的な小さなビーチタウン」と言うリストに出てきていたのが、今週滞在している「セブンティーンセブンティ(1770)」と言う街です。ジェームズ・クックがオーストラリア大陸に到着して海岸線を北上していく途中、滞在したことのある街として、その年号を街の名前にしてしまったという、考えてみたらけっこういい加減な(まあ、オーストラリアらしいといえばそうなんですが。)方法ですが、でも鎌倉幕府が始まった年を日本人みんなが忘れないように、この街の名前は、多くのオーストラリア人が覚えています。


街の公共機能は、隣のAgnes Waterと言う街にあり、1770にはキャラバンパークとホリデーハウス、そして実際に住んでいる人たちの家と2つか3つのカフェとレストランがあるだけです。

それでも、この街が魅力的なのは、最低限の開発しかされていないので、複雑な海岸線や眺めの良い丘やほとんど人のいないビーチが残されていることでしょう。でも、このコロナ禍で多くの人々が都市を離れて田舎に住み出しているようで、この街の不動産も高騰し、バイロンベイみたいに商業的にも発展するのではないかと、幾らかの人たちは期待しているそうです。

せっかくの自然の匂いが、都会っぽくなる前に、来年とか再来年の冬の時期にまた訪れてみたいと思います。

アートのつなぐもの

今週はGladstoneという港町に滞在しました。この街は、クイーンズランド州最大の産業製品の積み出し港で、石炭、アルミニウム、アンモニアなどの工場や精錬施設なども港に隣接して建設されています。オーストラリアの産業を支えている、でもおしゃれさには若干欠ける、あまり住みたいとは思わない街です。


とは言いながらも、近くのカフェに一度くらいは出掛けてみようと、滞在先のAirbnbから一番近いカフェを検索して行ってみました。どうみてもオフィスビルみたいな入口を開けてみると、ギャラリーの中にカフェが併設されていました。ギャラリーについても看板などはできていないので、たぶん、始まったばかりのプロジェクトなのでしょう。

バリスタをやっていた男性と話をしたら、数ヶ月前に10年近く住んだニューヨークから、コロナウイルスの混乱から逃げるために、ご両親の住むこの街に帰ってきて、お父さんのオフィスを改装して、ギャラリーとカフェを始めたとのこと。来週には、「鳥」をテーマにしたアートを集めて、展覧会をするので、ぜひ来てよ、みたいな話をしてくれました。

確かに、ニューヨーク(ブルックリンだそうです)の生活に慣れ親しんだ人にとって、このGladstoneという街はあまりに田舎すぎるので、アートを使ってコミュニティーを活性化させるというのは自然な発想なのかもしれません。(それにそのためのコストはあまりかからない)

僕たちがコーヒーやアート鑑賞を楽しんでいる間にも、来週の展覧会用の絵を持ってくる人がいたり、ファンの若者たちがコーヒーを買いに来たりしていて、ネットワークが広がっていることを感じました。どんな街にも、おしゃれな人や素敵な生活を目指している人たちは、隠れていても存在するわけで、そんな人たちを繋いでいくのはアートのイベントなのかもしれません。結局、このカフェには水曜日から今日まで3日間、通ってしまいました。

ヤプーン

Yeppoonという街に来ています。一度聞いたら忘れない名前のここはRockhamptonという大きな街の海側にある、リゾート地です。と言っても、ゴールドコーストやケアンズに比べると、ずいぶんと小さな街です。



写真にあるように、小さな半島がいくつもあって、眺めのいい場所に簡単に行くことができます。海は青いし、グレートバリアリーフの最南端に近いエリアなので、沖に出ると珊瑚礁の島もあったりして、シュノーケリングなども楽しめるようです。

今は、オーストラリアは冬ですが、この辺りの今週の最高気温は22度とか23度くらい。とても過ごしやすい気候です。オーストラリアの冬を過ごすには、このグレートバリアリーフのあたりが最高だと思います。そして、人気の観光地でもないので、オーストラリアの余裕のある人々の普通のライフスタイルを経験できるのは、人生の視野を広げるいい経験ができると思います。

日本の若者たちは、多くが都会に住んでいるので、都会のライフスタイルの楽しみ方は、すでに経験ずみだと思います。東京の生活もシドニーの生活も大きくは変わりません。(シドニーの方が自然も多くて、僕は好きだけど)ですから、オーストラリアに来てまで、都会にこだわる必要もないかもしれません。

ワーキングホリデーなどの自由な時間を使えるビザであれば、こんなYeppoonみたいな街に住んでみると、お金をあまり使わないで人生を楽しむ方法が身につくと思います。都会のレストランでお皿を洗って、一生懸命稼いだお金で、おしゃれなレストランで食事をしてインスタで自慢するような、なんか喜劇のような生活をするのではなく、稼いだお金でいいライフスタイルのヒントを探しにいく旅をしていったら、楽しいですよ。20代って、そういうことをするためにあるのだと思います。

車のナンバー落としちゃった

西オーストラリア州で行きたかった場所の一つはバングルバングルというアウトバックの場所です。幹線道路から舗装していない道を50キロくらい運転して、インフォメーションセンターに到着して、そこからさらに10キロくらいの宿に滞在しました。

50キロの舗装されていない道だったら1時間くらいでしょ?みたいに思っていたのに、Google mapくんの予想では幹線道路から2時間、走り始めて、その意味が分かりました。とにかく道が悪いのです。そこをランドクルーザーみたいな本格的な4WD車たちは時速50キロ以上のスピードでラリーのように走っていきますが、我がスバル フォレスターくんは都会育ちなので、恐る恐る時速30キロくらいで走っていました。

そして、途中で5回くらい、小さな川を渡らなくてはなりませんでした。どのくらい深いかは分かりませんでしたが、進むしか選択肢がない(宿に着けない)ので、水に浸かる時間を短くするために、それなりのスピードで突っ込んでいました。なんとか無事に到着することができ、安心して、バングルバングルの景色をそれから2日間楽しむことができました。
(それについてはまた書きたいと思います。)

そして、帰りはまた長い荒れた道を50キロ走って、また5回、川を渡って、幹線道路に着いて休憩をしながら、ふと前方から車を見たら、、、

ナンバーが無い!

ことに気づいたのです。きっと僕のナンバーはどれかの川に沈んでいることでしょう。

これは、かなりまずい事態なのでは無いかと、次の街の警察に行って事情を話したら、「しようがないから、住所のあるクイーンズランド州に行くまでは、適当にボール紙にでも番号書いて貼っておいて。」みたいな指示が。「え、そんなんでいいの?」とは思いつつ、さすが、オーストラリア。顧客満足度を第一に考えてくれています。ということで、マジックとボール紙と荷物用の透明な梱包テープでナンバープレートを作成して、パトカーとすれ違わないことを祈りながら、2週間ほどドライブを続けました。

そして、クイーンズランド州に入り、落ち着いたので、その街の運輸局のオフィスに行きました。なぜナンバープレートが消えてしまったかについて、しっかりと理由(言い訳)を説明できるようにメモまで作っていたのに、担当のおばさまは、全く理由を聞くこともなく、
「はい、あなたの選択肢は2つ。32ドル払って、新しいナンバープレートを買う。これは、すぐにあげます。残っている後ろのプレートを外して持ってきてね。もう一つは、今までの番号をキープするために、新しいプレートをオーダーします。これは100ドルかかって、できるまでに1週間くらいかかります。どっちにしますか?まあ、普通の人は新しいの買いますね。」という、これまたお客様第一な解決案。というより、めんどくさいことはしたくない雰囲気がありましたが、その場で全てが終わってしまうのは旅人にはありがたかったです。

ちなみに、日本でナンバーの紛失などで検索してみると、やはり面倒な手続きが必要でした。その場で新しいナンバーを買っちゃうみたいな発想はないのだと思います。でも、考えてみると、古い番号は抹消し、新しい番号を車に紐付けるだけの話だから、オンラインで全てが進む、オーストラリアの方式の方が生産性はずっと高いのです。

日本のお役所仕事の生産性アップは楽しそうな仕事ですね。

タウンズビルで考えたこと

前回の旅のブログは西オーストラリア州のブルームという街の話だったのですが、あれからたった半月で、オーストラリアのほぼ反対側の東海岸のタウンズビルという街に今週は滞在しました。その間、何をしていたかは、またブログを書きたいと思いますが、あまり電話もつながらない、大自然の中で生きていました。

さて、ここタウンズビルですが、人口18万人、クイーンズランド州の北部では最大の街です。海も山も街もあるので、車があれば、飽きることはなさそうな気がします。今週は冬にもかかわらず、最高気温は25度以上の日がずーっと続いていました。朝夕は15度くらいなので、散歩には最高。でも、きっと夏は暑そうです。寒いのが嫌いな人、夏服だけしか持っていない人は、ぜひタウンズビルに留学してみてください。海洋学や環境学で有名なジェームズ・クック大学があります。街から車で15分くらいの郊外の自然あふれる素敵なキャンパスです。

さて、ここ数日、東京やシドニー、メルボルンなどの大都市に生活することと、このタウンズビルなどの地方都市に暮らすことの違いって何なのかを考えているのですが、誰にでも思いつくようなことはさておき、僕なりの言葉で考えると「迷路の楽しさと荒野の楽しさの違い」みたいなイメージです。どちらがいいのかは人それぞれです。日々、迷路が増殖してそれをくぐり抜けながらゲームのように人生を楽しんでいくのか、大きな時間の流れの中で、そして大きな空間を見渡しながら、一歩一歩進んでいくことに生きがいを感じるのかは人によって、そしてその人のライフステージや年齢によっても、どちらが良いのかは違ってくるのだと思います。

不幸なことは、荒野に適している人の多くが、誘惑たっぷりの迷路にはまって、逃れられなくなっている状況なのかもしれません。迷路のゲームは友だちを含めた多くの人たちが参加しているので、そこから抜け出すのには、ちょっとした勇気が必要かもしれませんが、実際に抜け出してみると、その視界の広さにびっくりすることもあるかもしれませんよ。

ブルームに月を見にやってきた

西オーストラリア州の州都のパースから、ブルームまで2,700キロ。途中、ピナクルズ、Kalbarri、Shark Bay、Minilya、Karratha、Port Headlandに泊まったり、数日滞在したりして、2週間の行程でした。


この距離って、日本でどのくらいなのか調べたら、稚内から鹿児島まで車で移動したのと同じくらいです。オーストラリアは本当に広いです。

西オーストラリアの北側って、鉱業で発展した街がほとんどなので、あまり魅力的では無いのですが、このブルームに来るために頑張ってきたという感じです。その目的は、「月への階段」という自然現象。ブルームは東にすごく長い遠浅の海岸があり、そこで満月が登る時には干潮とも重なって、月に向かって階段ができたように見えるというものです。

その現象が見える日には、地元のマーケットも開催され、ある意味お祭りな感じでした。オーストラリア中からやってきた観光客たちが、この小さな街にこんなにいたのかというくらい混んでいて、たった20分くらいの自然現象をみんなで楽しもうという雰囲気でした。

月が昇ってくると、ちょっと歓声が上がり(日本だったら拍手する人もいるのかな。)幻想的な赤い月が見えてきます。月の引力のおかげで、まさに海の水が引っ張られているように潮が引いて、遠浅の海岸が干潟のようになって月に向かっての光の道が現れます。

こんな幻想的な景色を、昔の人たちはどんな意味を見出しながら見ていたのか、そんな想像をしながら、眺めていました。きっと、ニュートンよりもずーっと前に、月が持つパワー(引力)によって海の水が引いていくことは知っていたに違いありません。そして、クリエイティブで、魅力的で、実用的な(その日は魚や海の生物がよく獲れるみたいな)物語が受け継がれていったのだと思います。

物事や現象に意味を見出すのは、人間でしかできないことだし、昔の人たちの一番の知的な遊びだったに違いありません。たとえ間違っていたとしても、Googleに頼らずに、ちょっとだけ自分の頭で想像してみるのは、いいことだと思いますよ。

ブラボー!

まさか、このタイトルを読んで、それがリンゴの話だと分かる人はいないと思います。西オーストラリア州の南西部はリンゴの産地だそうで、いくつものリンゴ畑を見かけました。そして、この地域はリンゴの品種改良にも積極的に取り組んでいたということで、日本人留学生に人気の「Pink Lady」(今の留学生たちは、この名前を聞いて、ペッパー警部を思い浮かべることはないと思うけど)は、この地域で作られて全豪に広まった品種だそうです。

そして、今日紹介したいのは「Bravo」という品種。たぶん、西オーストラリア州でしか売ってないと思います。少なくともクイーンズランドや南オーストラリアのスーパーマーケットでは見ませんでした。そして、普通のリンゴより値段が2割くらい高いのです。でも、こんな名前、普通はリンゴにつけませんよね。「拍手喝采!」とか「めちゃうま!」みたいな感じでしょうけど、リンゴってそこまでの賛辞を送るタイプの果物なんでしょうか?

西オーストラリアの人たちって、田舎ものと言われてきたコンプレックスの裏返しというか、なんか、東海岸の人たちに対して「私たちは東とは違うから」みたいな意識が強いのが面白いです。今回のコロナウイルスに対する対応も、頑なに州の境を閉じて、「東の奴らは、そんなに簡単に入れてやんないよ」みたいな州知事の態度や政策が州民にはとても受けてました。

ということで、このBravoというリンゴも、「こんな美味いリンゴ、東にはないでしょう。ブラボー!」という、西オーストラリア州の農民たちのプライドというか自画自賛というか、そんな思いがこめられたのだと思います。なんかちょっと嫌な感じです。じゃあ、そんなに美味しいんですか?ということでクイーンズランド州民の僕としては疑いながら食べてみたのですが、日本人留学生が好きなもう一つの品種のFujiとPink Ladyを足して2で割って、ジューシーにしたブラボーな美味しさでした。西オーストラリアの皆さん、すごく美味しいリンゴだということは分かりましたから、ぜひクイーンズランドにも輸出していただけるとありがたいです。

人口35,000人

今週は西オーストラリア州のAlbanyという街に滞在していました。この街の人口は約35,000人。日本で検索すると静岡県熱海市とかが出てきましたが、日本の市町村の人口ランキングでは673位。つまり、このくらいのサイズの街って日本にはいくらでもあるんですね。しかし、人口が少ないオーストラリアではAlbanyは全豪で45位の主要な?街なのです。


オーストラリアでは、同じくらいの人口の街として、ビクトリア州のWarrnambool、タスマニア州のDevonportなどがあります。どちらもしばらく住んでみたい、素敵な街です。おしゃれでオーガニックなカフェがいくつかあり、こだわった本屋さんがあって、ファーマーズマーケットが開催されて、テニスクラブもあります。どうも、僕はこのくらいのサイズの街に惹かれるのです。人も優しそうだし、きっと1年も住んだら多くの友だちができそうです。

そして、Albanyの魅力は、この写真にあるようにダイナミックで変化のある風景。街から20分ドライブすれば、国立公園です。自然と近い街というのは、僕にとってはすごく大切な条件です。

もし35,000人が魅力的な街を作るために適したサイズなのであれば、日本には何百もの可能性のある場所が存在していることになります。オーストラリアに留学したり生活した若者たちは、日本に戻ったら素敵な街づくりやコミュニティーづくりに参加して、オーストラリアでの経験や考えたことを活かしてほしいと思います。

ひたすら真っ直ぐな道

南オーストラリア州から西オーストラリア州にかけて、陸路で移動しようとすると、オーストラリア人も人生で一度は経験したいと考えているナラボー平原をドライブする必要があります。このEyre Highwayが唯一の舗装された道路だからです。


僕たちは南オーストラリア州のCedunaという場所から西オーストラリア州のNorsemanという街まで、この道路を使いました。信号も何もない道が1200キロくらい続きます。1200キロって東京から熊本くらいまでなので、長距離トラックの運転手ってこんな生活なのね、という体験でした。その間に数カ所のガソリンスタンドとモーテルが一緒になったような、Roadhouseという休憩地があります。僕は安全も考えて1日のドライブの距離は300〜400キロくらいに抑えているので、3ヶ所のRoadhouseに泊まりました。

そして、西オーストラリア州に入ると、オーストラリアで(たぶん世界でも)一番長い真っ直ぐな道と言われる90マイルの直線道路があります。約150キロ、ひたすら真っ直ぐな道なのです。その道を走りながら感じたのは、ここに道を作らなくちゃいけないという当時の人々の強い意志です。その意志が、ここに道ができれば物資が動かせてお金が儲かるという、金銭欲と同義語だとしても、その強さに敬服してしまうのです。

しかし、現代には、もうここに道を作らなくてはいけないなんて場所は残っていないでしょう。それよりも作ってしまったけど今はいらない道を美しい自然に戻すための強い意志が必要なのかもしれません。そして、そのモチベーションの考え方が、大人と若者とでは、随分と乖離してしまっていると思うのです。金儲けという貧乏な時代の大人の論理ではなく、地球環境というテーマにずっと敏感な若者の論理で開発(回復?)は進められるべきなのだと、なが〜い退屈な道を走りながら思ったのでした。

Eat Local

今週は、Port Lincolnという街に滞在していました。ここは、オーストラリアでも有数の漁業の街です。街にはいくつもの日本で言えば〇〇水産みたいな会社があって、加工をしたり冷凍して輸出の準備をしています。安定した需要のおかげで、なんと、この街は、人口あたり一番ミリオンネア(日本円で言えば億万長者)の数が多いそうです。確かに、漁村というよりはお洒落なヨットハーバーの街みたいな場所もありました。


そして、その漁業を支えているのは日本市場。このPort Lincolnは南マグロの養殖が盛んで、その多くが築地に空輸されているそうです。日本人の食欲がこの街を作っていると考えると、その繋がりにちょっと嬉しくなったり、しかし、こんな南半球の遠くからコストやガソリンをいっぱい使ってわざわざ送っているグローバル市場の胡散臭さみたいなものを感じたりしています。

この旅で気をつけていることは、できるだけ地元の食材で美味しいものを食べようということです。今週は久しぶりに日本向けのマグロの刺身も食べたし、とれたての生牡蠣を楽しんだりしました。でも、一番フレッシュで美味しいと感じたのは、この地域の特産であるGarfish(日本ではサヨリ)のフィッシュ&チップスでした。これからも、グローバル市場に流されるおしゃれな食べ物ではなく、ローカルな人が食べてる素朴な味を楽しんでいきたいと思います。