10年後、今のリーダーはもういない

20歳くらいの若者たちと、僕のように60歳をこえた年寄りとは、10年後の世界に対する見方はずいぶんと変わってきます。僕にとっては、10年後は生きているかどうかも分からないので、それまでの期間をいかに充実させるかについて考えます。それは、よく言われるような、今日が最後の日だと思って、精一杯生きるということです。



ところが、20歳の若者たちにとって、10年後はまだ30歳で、まさに人生の準備期間が終わり、仕事も本格的に活躍する時代だし、私生活も新しいステージに入っている人も多いのです。それまでに、しっかりとした準備ができているかが、毎日を楽しく過ごすこと以上に、少なくとも同じくらいは重要になっています。

この明日のことさえ見えない混沌とした時代に、10年後のことを考えるのは、すごく難しいので、何かにチャレンジをすることに躊躇してしまいがちです。しかし、実際の10年後の社会はどうなっているでしょう?例えば、今の混乱をもたらしているリーダーたちは、たぶん10年後は一線を退いているでしょう。そんな時代もあったねと、人々の記憶から消され始めているかもしれません。そして、分断というあまり幸せを感じられない時代の反省から、共生であったり、調和するというコンセプトが復活をしているかもしれません。つまり、10年後にどうなっているかは、今の時代のネガティブな雰囲気が継続すると考えるか、今の時代の反動が起きているとポジティブに考えるかで、全く違う世界が想像できるのです。

僕は、基本的に楽観主義者だし、人生は一度きりなので、ポジティブな想像の世界に向けて準備をすると思います。だから世界に出て、多くの人々と話をすることが、10年後に世界がどう変わっていようとも、大切な準備の一つだと信じています。

失敗ができる年代

若い人たちの間で、コーチングというポジションというかビジネスが確立してきています。このような世界は、僕の世代には無かったので、とても面白い現象だと思います。それだけ、自分らしい生き方というものが大切になってきているということです。そして、もう一つ感じるのは、多くの人たちが失敗をしたくないと考えていることです。留学の問い合わせも、充実した時間を過ごすための質問ではなく、失敗しないためにはどうしたら良いのかを聞いてくる人が増えてきています。


確かに一度転落してしまうと、なかなかそこから這い上がっていくのは難しい世の中だと思います。でも、若い時代に経験しておくべき失敗というのも多いのではないでしょうか?人間関係もそうだし、仕事でも責任がそんなに問われない世代のうちに何かにチャレンジすることは大切だし、若い時代しかそんな失敗は許されないのだと思います。

ですから、もちろん、コーチングなどを受けて、失敗する確率を下げることは悪くないとは思いますが、それよりも数多くの小さな失敗をして、そこからうまくやっていくノウハウを身につける方が、一生ものの学びになるのだと思います。留学は、質の良い失敗をするためのとても良い機会だと思います。日本の友だちは周りにはいないし、海外の友だちは人のことなんて気にしていないように見えるし、そんな環境でたくさんの失敗をして、学んで、成長していってください。

農業を学ぶこと

僕の家の近くには、アデレード大学のワイン醸造や農業、土壌の研究をするキャンパスがあって、週に一回くらいは、そのキャンパスにあるカフェに行くのですが、昨年と比較して雰囲気が変わったのは、より留学生たちが増えた印象だということです。特にアジアやアフリカからの留学生たちと思われるメンバーが、ランチをしながら議論しています。彼らは、農業というものが、人々の生活を安定させるためにとても重要なものだと考え、オーガニック大国と呼ばれるオーストラリアで農業を学んでいるのでしょう。


冷戦が終わった90年代、世の中が平和に向かっているとみんなが思っていた時に、当時の日本の偉い人たちは、無理して食糧を自給することより、安い食糧を仲良しの国から買った方が消費者のためになると考えて、どんどん輸入しました。もちろん、アメリカからのプレッシャーも大きかったと思いますが、当時の人々は、それでも安く食糧を手に入れられるなら、それが合理的な考え方だと思っていたと思います。僕自身も特に疑問を感じていませんでした。


しかし、また世界の情勢が不透明になった現在、食糧の自給については考えを新たにしなくてはいけないと考えている若者たちも多いのかもしれません。衣食住が足りて、これからは自己実現だ!とか言っていた時代が幻のように、世界は分断され格差が広がっています。そんな時代だから、世界の若者たちは農業に目を向けているのではないかと思います。

世界の貧困問題を解決したいので、国際関係を学びたいという若者たちからの問い合わせが増えていますが、もしかしたら、農業などを学んだ方が、より問題解決に直結した仕事ができるかもしれませんね。

マーケティングではないのでは?

留学をしてビジネス関連で何を学ぶかを考えるときに、マーケティングというのは常に人気がある専攻分野です。たぶん成熟社会と言われ出した80年代くらいから、モノやサービスをどのようにアピールしていくかが、モノを生み出すより大切なことになってきて、それがいまだに続いているのだと思います。若い人たちにとって、マーケティングや広告などの仕事は、ビジネスの世界の中でも華やかに見えるので、やってみたい、学んでみたいと思うのでしょう。

しかし、SNSの時代になり、情報の多くが嘘であったり、人の気を引くために作られて、バズることが出来れば品格も誠実さも関係ない世界になってしまった現在、マーケティングを学問として学ぶ必要があるのか悩んでしまいます。ビジネススクールの学生たちがほぼ読んでいたコトラーさんのマーケティング・マネジメントを読んで仕事に活かしていますみたいな人は、今では本当に一握りでしょう。

こんな時代に僕がお勧めするのは、リーダーシップについてちゃんと学ぶことです。リーダーシップ、つまり人やチームを導いていく仕事はなかなかAIでは代替されないスキルです。さまざまな背景を持ち、さまざまな志や想いを持って働く人たちをまとめながら、解決すべき課題を見つけ、正しい目標を設定して、その目標達成に向けてチームを動かしていくというのは、とても難しい仕事ですが成功する組織には必ず必要なものです。

例え、自分がリーダーのポジションにならなくても、何が正しいリーダーシップなのかを多くの人が理解していくことが、人のことなど気にも留めない暴君に翻弄されない平和な世界を作っていくのに大切なことなんだと思います。

学生ビザが取れるということ

先日、パースのEdith Cowan 大学のシティ・キャンパスが来年にオープンするので、そのプロモーションイベントに各国のトップエージェントが招待されイベントに参加してきました。中国、ベトナム、ネパール、フィリピン、南米など様々な国をターゲットにしている留学エージェントが集まり、様々な話をしました。

それぞれの国の留学事情というのは、ずいぶんと違うのですが、日本以外の国で一番の問題は「学生ビザの申請が許可されるか?」ということです。オーストラリアの学生ビザ申請の承認については、国ごとに違い、日本人は一番許可されやすいレベル1、例えばモンゴルの人たちは難しいレベル3です。申請書類の数や審査の厳しさも全く違います。

日本人の場合は、日本国内からの申請で、しっかりとした学校に留学するのであれば(学校にもレベルが設定されていて、レベル1の学校とそうでない学校では厳しさが違います。)ほぼ100%学生ビザは許可されます。しかし、他の国では、毎日のように、何か問題が起きてそれに対応しなくてはならないそうです。「日本人が羨ましい!」と滞在中、何度も言われました。

そんな恵まれた環境なのですから、日本人でいることにアドバンテージがあるうちに、若い人たちには海外で学ぶことを心からお勧めします。これは、僕が留学の会社をやっているからという打算的な話ではなく、これからやってくる、縮小する国内市場だけではビジネスが成り立たなくなる時代を考えたら、海外の人たちと仕事をしていくことは必須になるからです。旅行などで使える英語を習得することだけが目的なら、将来は翻訳ソフトや通訳ソフトが助けてくれるので、留学する必要はないと考える人も多いと思います。しかし、海外の人たちと仕事をしていくために、信頼を獲得したいというのであれば、留学をして、さまざまな国の人々と語り合う時間を経験することは、きっと役に立つと思いますよ。

語学学校に通う意義

英語力はゼロに近いけど留学したいという問い合わせを、時々受けるのですが、語学学校の価値が何かを考えると、そのアイデアはあまり得策ではありません。

語学学校に通う意義って、自分の話す英語が間違っていても構わない環境、つまり練習の場を提供することにあると思います。何か新しいことを学ぶということよりも、学生たちに練習の機会を与え、その練習につきあって、コーチをしてくれるところだと考えた方が良いです。そこでは、何度も失敗しても構わないというか、失敗を奨励してくれるような場なんだと思います。

ですから、少なくとも英語の基礎は身につけておいて、練習に参加できるレベルになってから、語学学校には通うべきなのです。サッカーで言えば、30分くらいは走れる体力と、インサイドキックとボールを止める技術くらいは身につけておかないと練習に参加する効果はほとんどないのと同じです。

では、その練習はどのくらいしたら良いのかということですが、ちゃんと基礎がある人で、3か月くらい語学学校にちゃんと通うと、ある日急に意識しなくても英語が聞こえてくるようになります。(もちろん、そうでもない人もいるのですが)そして、それと同じくらいのタイミングで、意識しなくても英語で考えることが出来るようになってきます。そして、不思議なのですが、夢の中で英語を話すようになるのです。僕は、時々、夢の中でテニスのアドバイスをジョコビッチやフェデラーから英語で受けています。(アドバイスはいいのですが、実践になかなかつながらない。)

そんな状況から、さらに半年とか1年とか英語の世界で暮らしていけば、普通に誰とでも英語でコミュニケーションを取れるようになるし、少なくとも海外の友人と一対一で深い話も出来るようになるのです。そして、そのような経験が、本当の意味での新しい視野を広げてくれるのです。

せっかくの留学の機会が、中途半端な結果で終わらないように、しっかりとしたプランを立ててくださいね。

物語を魅力的にするための留学

ある人と友達になりたいと思ったり、この人を採用してみたいと感じる理由には、その人の人生の物語が魅力的かどうか、ということがあると思います。

そしてどんな魅力的な物語にも、何かにむかって努力していると障害や難しい問題や危機が訪れて、苦しい状況になるけど、それを克服して成長するという展開が必要です。生まれてから、私の人生は苦労したこともなく、平和で幸せな人生ですという人が魅力的かどうかは、微妙なところです。

僕たちの会社のWEBサイトには留学生たちの体験談を数多く掲載していますが、その物語は、人それぞれ、本当に面白いし、魅力的です。でも、自分ではその魅力に気づいていなかったり、うまく言語化できないでいたりします。僕たちが体験談をお願いしたり、インタビューなどをすることで、いかに自分の経験が特別なものなのかを気づくという事もあるようです。そして、僕たちの仕事の一番面白いというかやりがいを感じるのが、そのような物語を一緒に言語化(最近は映像化も)していくことなのです。

せっかく留学をしても、「世界中の友達に会えました。カフェでバイトができて儲かりました。楽しかったです。」みたいな物語でもなんでもない体験談にならないように、留学のプランを一緒に考えていければと思います。

国が行けと言うから留学?

留学の仕事をするようになって、15年くらいになりますが、今の時代は国や大学が留学を奨励するという不思議な時代です。10年以上前は、留学するための休学は許さないスタンスの大学が多かったのに、今ではどんどん留学しましょうという全く逆の雰囲気になっています。教育って国が責任を持ってその国の若者たちを育てるためにあると思うのですが、それを例え短期間であっても丸投げしちゃうというのは、責任あるスタンスではない気がします。しかし、それのおかげで留学業界は恩恵にあずかれるので、ロビー活動にも力が入るのだと思います。

お上の言うことを聞いて思考停止になりたくない、少し尖った若者たちのために留学ビジネスをしている僕にとっては、なんだかなあって感じなのです。海外で学ぶことの一番大きなメリットは、国や日本人と言う集団から少し距離を置いて、世界中からやって来た人々の中で、自分とは何かを考える機会を得ることだと思います。大学の授業の一環で仲間と一緒に海外に出かけても、それは修学旅行で京都に行くのと同じくらい印象に残らないでしょう。「この件、日本人の君はどう思う?」と尋ねられる環境がどのくらいあるのか、そして、その時に周りの海外からやってきた友人たちの共感を呼ぶような答えができるかどうか、そんな目的のために鍛錬を重ねる留学生活を楽しんでほしいと思います。

最初が肝心

日本の大学を卒業した人たちで、大学の単位をひとつも落としたことの無い人ってあまりいないのではないでしょうか?僕も大学3年生までに落とした単位をカバーするために、大学4年生の時には毎日授業を受け、かつひとつも落とせない綱渡りな状況で大学を卒業しました。すでにそれから40年も経っているのに、時々単位が足りないという夢を見るので、いかにそれがトラウマになっているかが分かります。

しかし、トラウマだけでは済まないのがオーストラリアの大学です。当時の日本の大学の授業料は年額が決まっていて、いくつ授業をとってもとらなくても年額の授業料は同じというシステムでした。(今も考え方は似ていると思います。)

オーストラリアの大学の場合、授業料は科目ごとに支払うので、ある科目を落としたら、次の年にまた同じ金額を払って履修しなくてはいけません。そして1科目の料金は40万円から50万円くらいなので、難しそうなので辞めましたみたいに気楽にあきらめることが出来ないのです。(科目を変更しても問題ない期間も設定されています。)入学前は奨学金の申請とか、授業料が比較的安い大学を選ぶなどして、一生懸命学費を抑える努力したのに、その努力があっけなく無駄になってしまいます。

そして、その悲劇の多くは、最初の学期に起こります。オーストラリアの大学は英語力のスコアと高校の時の成績で査定され、合格を得るまでのプロセスもシンプルで早いので、合格通知を受け取ってから実際に留学するまでに余裕のある時間が過ぎていきます。ちょっと気が緩んで、あまり準備しないままに大学がスタートしてしまうと、取り残されてしまうのです。そんな若者たちを何人か見て来ているので、私たちのオリエンテーションでは、最初の学期はアルバイトがどうとか、住むところがどうとか心配しない環境を作って、ひたすら勉強しなさいとアドバイスしています。最初の学期を無事に乗り越えて、自分のペースで勉強する方法が分かったら、生活も楽しむ余裕が出てきます。高校の友人たちが日本の大学で楽しんでいる姿のインスタを横目で見ながら、最初の学期は歯を食いしばって頑張ってください。

編入か大学院か

最近は、日本の大学生からの編入についての問い合わせが増えています。今は日本の大学2年生あるいは3年生だけど、今まで取得した単位を使ってオーストラリアの大学に編入をして、オーストラリアの大学卒業資格を取得したいというものです。日本の大学の授業がつまらないことが問題なのか、新しい道が見えてきたのか、理由はよく分かりませんが、結構有名な私立大学の学生たちからの問い合わせが、月に5件くらいやってきます。

僕はそんな方々には、日本企業の新卒採用で有利なポジションを取りたいというのであれば、編入を目指すと言う戦略も正しい可能性はあるけど、もし、将来的に世界やオーストラリアを舞台に活躍したいのであれば、日本の大学をちゃんと卒業してから、オーストラリアの大学院に進学することを勧めています。

オーストラリアでは、就職にあたり、経験や知識が重要視されます。そのため、多くの学生たちは大学院に通って、自分の専門分野やその業界の知識を深め、インターンなどして、ネットワークを作りながら就職活動の準備をします。みんな明確な目標を持って動いています。ですから、学びたいことや進みたい道が明確なのであれば、編入のような中途半端なことではなく、オーストラリアの大学院でしっかりと学ぶべきなのです。

それは、すごく苦労やストレスも多い毎日でしょうが、きっと10年後20年後に世界を舞台に活躍するようになって、あの時の決断が人生を変えたと語れるようになるのだと思います。