あと1年

オーストラリアは7月が新年度なので、毎年この時期には、その年度の目標を書いているのですが、今年は旅の途中で、ここ2週間はほとんど携帯がつながらないアウトバックを毎日のように長時間ドライブをしていたので、じっくりとブログを書く時間がありませんでした。来週からまた、1週間は同じ場所に滞在して、生活をしながら移動していくスタイルに戻るので、さまざまな発信をしていきたいと思います。

さて、すでに1年以上国境が閉じたままのオーストラリアですが、留学生に対して国境が開くのは、今から1年後くらいになりそうです。僕たちの会社も、それに対しての準備をしています。幸運なことに資金的には、大丈夫だと思いますが、そんな耐えなくてはいけない状況でも、少しでもいい会社になるためにどうしたらいいかを考えています。業界的にはこの状況を生き残るだけでもすごいとは思うのですが、この危機を乗り越えた時にもっとかっこよくなっていたいのです。

まずは、スタッフの方々がさらに安心して働ける環境づくりを行いました。具体的にどのようなことをしたかは、ちょっと企業秘密ですが、オーストラリアの日系の留学会社の中では、圧倒的に正しく、スタッフの方達の雇用が保証されている会社になったと思います。コロナウイルスの影響で、多くの留学関係の人々が、業界から去っていきました。経営者たちは、きっと苦渋の決断だったと思いますが、僕はそのような意思決定をしたくないので、一生懸命考えていきたいと思います。

そして、これまでと変わらずに、若者一人ひとりに向けて、メッセージを発信していきたいと思います。留学って、とても個人的な経験のはずなのに、「日本人に人気のコース」とか、「格安の資格取得のための留学」みたいな、注目を引くためだけの安易なマーケティングメッセージがはびこっています。(今の世の中は、どこもそうかもしれないけど)僕たちは、多くの若者に受けなくてもいいから、一人の人が興味をもったり、一人の人の心を揺さぶるようなメッセージを発信していこうと努力しています。そのために、オーストラリアの現地で大学や学校と常にとがったメッセージについて話をしています。

そんな僕たちのメッセージに問い合わせをして、留学した若者たちは勉強も頑張るし、話していても楽しいし、お客様というよりは、若い友人として僕たちのメンバーに新たな刺激を与えてくれます。純粋に、僕たちはそんな若者たちが増えていくのが楽しいのです。売上よりも、そんな若者たちとの時間が、僕たちがこの仕事をやり続けるドライビングフォースになっているのだと思います。

ブルームに月を見にやってきた

西オーストラリア州の州都のパースから、ブルームまで2,700キロ。途中、ピナクルズ、Kalbarri、Shark Bay、Minilya、Karratha、Port Headlandに泊まったり、数日滞在したりして、2週間の行程でした。


この距離って、日本でどのくらいなのか調べたら、稚内から鹿児島まで車で移動したのと同じくらいです。オーストラリアは本当に広いです。

西オーストラリアの北側って、鉱業で発展した街がほとんどなので、あまり魅力的では無いのですが、このブルームに来るために頑張ってきたという感じです。その目的は、「月への階段」という自然現象。ブルームは東にすごく長い遠浅の海岸があり、そこで満月が登る時には干潮とも重なって、月に向かって階段ができたように見えるというものです。

その現象が見える日には、地元のマーケットも開催され、ある意味お祭りな感じでした。オーストラリア中からやってきた観光客たちが、この小さな街にこんなにいたのかというくらい混んでいて、たった20分くらいの自然現象をみんなで楽しもうという雰囲気でした。

月が昇ってくると、ちょっと歓声が上がり(日本だったら拍手する人もいるのかな。)幻想的な赤い月が見えてきます。月の引力のおかげで、まさに海の水が引っ張られているように潮が引いて、遠浅の海岸が干潟のようになって月に向かっての光の道が現れます。

こんな幻想的な景色を、昔の人たちはどんな意味を見出しながら見ていたのか、そんな想像をしながら、眺めていました。きっと、ニュートンよりもずーっと前に、月が持つパワー(引力)によって海の水が引いていくことは知っていたに違いありません。そして、クリエイティブで、魅力的で、実用的な(その日は魚や海の生物がよく獲れるみたいな)物語が受け継がれていったのだと思います。

物事や現象に意味を見出すのは、人間でしかできないことだし、昔の人たちの一番の知的な遊びだったに違いありません。たとえ間違っていたとしても、Googleに頼らずに、ちょっとだけ自分の頭で想像してみるのは、いいことだと思いますよ。

今年は準備期間

今週、59歳になりました。とうとう来年は還暦ということで、それ以降はもらいもんの人生なので、ひたすら信念を貫いて生きていきたいと思います。おかげさまで、仕事においては、業界は危機的な状況ですが、僕の会社はあと2年くらい国境が開かなくても生きていけるだけの体力はあるし、プライベートでは娘たちは自立して全く手がかからない状況だし、僕は相変わらず健康で奥さんと車に乗って旅を続けていられて、あまり不安になったり心配することがありません。

この幸運に感謝しながら、この1年は60歳以降に向けての準備をしようと思っています。仕事では、オーストラリアの国境が開くのが来年の今頃として、それまでは、サポートをしている留学生たちに出来るだけ多く会って、話をしていきたいと思います。若者たちと話していて、いつも気になるのは、日本社会ではこうでなくてはいけないという常識?に洗脳とはいかないまでも、大きな影響を受けていることです。もっとこんな風に考えてみたらどうかな?ということを60歳目前のおじさんが言うのもどうかと思うけど、そのくらい窮屈な考え方を若者たちにさせている社会をなんとかしなくちゃと思います。

プライベートでは、あと半年くらいはこの旅の生活を続けて、自然や社会を見る目を養うことと、ミニマリスト的な生活をさらに極めていきたいと思っています。もう8ヶ月も車に荷物を積んで旅をしているわけですが、それでも、一度もあるいはほとんど使っていないものも荷物の中に入っています。必要でかつ愛着のあるものだけと共に生きていくために、修行の日々は続きます。

そして、テニス。シニアのテニスは5歳刻みでカテゴリーが分かれていて、来年は60歳から64歳までのカテゴリーの一番若い!年齢なので、チャンスなのです。旅の途中で立ち寄る街のテニスクラブを訪ねて、プライベートレッスンなどを受けてきましたが、技術的にはまだまだ上手くなっているし、ショットにおける選択ミスがとても少なくなったことを実感しています。60代ではいつか、オーストラリアのトップ10に入れるように、トレーニングを続けたいと思います。

なんか、面白みのない話題しか並んでいませんが、高級な食べ物とかお酒とか豪華な生活みたいなものに、本当に興味がないので、きっと体が動かなくなるまで、超質素でストイックな生活が続いていくのだと思います。それでも良ければ、ランチ行きましょうと声をかけてくださいね。

実業を経験すること

現在は西オーストラリア州の州都のパースにいます。パースには2人の娘が暮らしているので、一緒にご飯を食べたりして、楽しく過ごしています。

仕事も、時々はちゃんとやらなくてはいけないと思い、大学との打ち合わせやお客様との面会などを、僕としてはけっこう頑張って入れています。もちろんテニスの予定も。

先日は、オーストラリアトップ8大学の一つのUniversity of Western Australia(西オーストラリア大学)と打ち合わせをしたのですが、その時にお土産にもらったのが、このお茶。

この大学の卒業生が起業して、西オーストラリア州を中心にビジネスを行なっているということです。いただいた「玄米茶!」を飲んでみましたが、オーガニックの玄米を使った、オーストラリア人が作ったとは思えないような懐かしい日本の味でした。

WEBサイトを覗いてみると、西オーストラリア州だけではなく、オーストラリアの他の州でも取り扱う店が増えているようです。パースのトップ大学を卒業して、こんな地道なビジネスを立ち上げて頑張っているというのが、とてもいいなと思うのです。

僕は、若いうちはコンサルティングやマーケティングなどの法人向けの仕事よりも、お客様の反応がわかるビジネスをすべきだと考えています。でも頭が良くて優秀な人ほど、お金が稼げるコンサルタントのような仕事に魅力を感じているようです。でも世の中のコンサルタントと言われる人の8割(9割?)くらいの仕事はただ物事を整理しているだけ。本当の意味で、結果に責任を持っている人はすごく少ないと思います。

自分の作った商品やサービスが、エンドユーザーにちゃんと受け入れられているかを不安におびえながらも肌で感じ取っていくトレーニングが、ビジネスパーソンとして成長するための大切なプロセスだと思います。

一期一会のスキル

コロナの時代、そしてポストコロナの時代において、きっと今までと大きく違ってくるのは、人と直接会ったり話したりする機会が減ると言うことだと思います。つまり、会って話をする機会と言うものが、今まで以上に貴重な瞬間になってくるのだと思います。

その貴重な瞬間に、相手にどのような印象を持ってもらうのか。それは、ちゃんと考えて自分の強みとして持っておいたほうがいいことだと思います。

その強みは人それぞれでしょうから、正解はこれですとは僕からは言えませんが、たぶん僕の強みであることを共有しておきます。

一つはパッションがあると言うこと。僕にとって、新しい人との出会いは、仕事とテニスに限られてきます。それ以外で、新たな出会いは必要がないので、誘われても出かけません。でも、仕事とテニスに関しては、誰よりもパッションがあるので、1時間くらいのミーティングや、テニスのプライベートレッスンでほとんどの人やテニスコーチは僕のことを好きになります。この年齢になってしまうと、ほとんどの場合僕よりもずっと若い人たちなので、「こんな元気で熱いおっさん(おじいさん)がいるんだ!」と思われることが多いです。(松岡修造には負けちゃうかもしれないけど)

もう一つは、さまざまなことについて勉強をして、あるいは話題になりそうなことについて勉強して、引き出しを多く作って、会話を楽しいものにすることです。そして、その引き出しは別に自分で何かを披露するための引き出しではなく、良い質問をするための引き出しがいいのです。良い質問は、必ず人間関係を良好にしてくれます。

この二つの強みといつも笑顔でナイスにしていれば、友人は増えていきます。でも、知り合いの数を増やすことが目的ではなく、良い時間を共有するための同志みたいに考えるのがいいのではと思っています。まさに一期一会の世界だと思いますよ。

ブラボー!

まさか、このタイトルを読んで、それがリンゴの話だと分かる人はいないと思います。西オーストラリア州の南西部はリンゴの産地だそうで、いくつものリンゴ畑を見かけました。そして、この地域はリンゴの品種改良にも積極的に取り組んでいたということで、日本人留学生に人気の「Pink Lady」(今の留学生たちは、この名前を聞いて、ペッパー警部を思い浮かべることはないと思うけど)は、この地域で作られて全豪に広まった品種だそうです。

そして、今日紹介したいのは「Bravo」という品種。たぶん、西オーストラリア州でしか売ってないと思います。少なくともクイーンズランドや南オーストラリアのスーパーマーケットでは見ませんでした。そして、普通のリンゴより値段が2割くらい高いのです。でも、こんな名前、普通はリンゴにつけませんよね。「拍手喝采!」とか「めちゃうま!」みたいな感じでしょうけど、リンゴってそこまでの賛辞を送るタイプの果物なんでしょうか?

西オーストラリアの人たちって、田舎ものと言われてきたコンプレックスの裏返しというか、なんか、東海岸の人たちに対して「私たちは東とは違うから」みたいな意識が強いのが面白いです。今回のコロナウイルスに対する対応も、頑なに州の境を閉じて、「東の奴らは、そんなに簡単に入れてやんないよ」みたいな州知事の態度や政策が州民にはとても受けてました。

ということで、このBravoというリンゴも、「こんな美味いリンゴ、東にはないでしょう。ブラボー!」という、西オーストラリア州の農民たちのプライドというか自画自賛というか、そんな思いがこめられたのだと思います。なんかちょっと嫌な感じです。じゃあ、そんなに美味しいんですか?ということでクイーンズランド州民の僕としては疑いながら食べてみたのですが、日本人留学生が好きなもう一つの品種のFujiとPink Ladyを足して2で割って、ジューシーにしたブラボーな美味しさでした。西オーストラリアの皆さん、すごく美味しいリンゴだということは分かりましたから、ぜひクイーンズランドにも輸出していただけるとありがたいです。

ぐっすり眠る方法

今週は西オーストラリア州のManjimupという街から20分ほど車で走った牧場の中の家に滞在しています。今までも、こういうシチュエーション(朝起きて外を見ると牛しか見えないみたいな)は経験してきたのですが、今回は携帯電話の電波が全く飛んでいない場所でした。


仕事の時は、街まで行って、カフェでメールの返信をしたり、会議はカフェでは音楽がうるさかったので車の中でやったりと不自由しながらも、なんとかこなしたのですが(オフラインの時間も多かったです)、夕食の時間からはネットとテレビのない生活が1週間続きました。

夜は本を読んだり、そのAirbnbにあったDVD(裏を綺麗に拭いたりなんかして)を観たりすると、すぐ眠たくなっちゃうので、9時くらいには寝てしまうのですが、携帯が使えないと本当によく眠れるのです。寝る前にニュースを見たり、メールをチェックしたり、何気なくやっていたことが、ちょっとしたストレスを増大させていたことに、あらためて気づかされました。特に、オーストラリアの国境がずーっと閉じたままで大きな打撃を受けている留学会社の社長としては、最近はストレスがかなり溜まっていたので、こんなによく眠れると、ポジティブな新しいアイデアや戦略も浮かんできます。

僕たちが24時間常にネット環境と繋がるようになってから、まだ10年くらいの話なのに、僕の脳はかなりネットに侵されてしまっていたようです。今は、不安で夜も眠れない方も多いかと思いますが、まずは、夕方から携帯電話の電源を切ってみてください。明日から、また違う場所に移動しますが、これからも、この習慣?は続けていきたいと思います。

人口35,000人

今週は西オーストラリア州のAlbanyという街に滞在していました。この街の人口は約35,000人。日本で検索すると静岡県熱海市とかが出てきましたが、日本の市町村の人口ランキングでは673位。つまり、このくらいのサイズの街って日本にはいくらでもあるんですね。しかし、人口が少ないオーストラリアではAlbanyは全豪で45位の主要な?街なのです。


オーストラリアでは、同じくらいの人口の街として、ビクトリア州のWarrnambool、タスマニア州のDevonportなどがあります。どちらもしばらく住んでみたい、素敵な街です。おしゃれでオーガニックなカフェがいくつかあり、こだわった本屋さんがあって、ファーマーズマーケットが開催されて、テニスクラブもあります。どうも、僕はこのくらいのサイズの街に惹かれるのです。人も優しそうだし、きっと1年も住んだら多くの友だちができそうです。

そして、Albanyの魅力は、この写真にあるようにダイナミックで変化のある風景。街から20分ドライブすれば、国立公園です。自然と近い街というのは、僕にとってはすごく大切な条件です。

もし35,000人が魅力的な街を作るために適したサイズなのであれば、日本には何百もの可能性のある場所が存在していることになります。オーストラリアに留学したり生活した若者たちは、日本に戻ったら素敵な街づくりやコミュニティーづくりに参加して、オーストラリアでの経験や考えたことを活かしてほしいと思います。

ひたすら真っ直ぐな道

南オーストラリア州から西オーストラリア州にかけて、陸路で移動しようとすると、オーストラリア人も人生で一度は経験したいと考えているナラボー平原をドライブする必要があります。このEyre Highwayが唯一の舗装された道路だからです。


僕たちは南オーストラリア州のCedunaという場所から西オーストラリア州のNorsemanという街まで、この道路を使いました。信号も何もない道が1200キロくらい続きます。1200キロって東京から熊本くらいまでなので、長距離トラックの運転手ってこんな生活なのね、という体験でした。その間に数カ所のガソリンスタンドとモーテルが一緒になったような、Roadhouseという休憩地があります。僕は安全も考えて1日のドライブの距離は300〜400キロくらいに抑えているので、3ヶ所のRoadhouseに泊まりました。

そして、西オーストラリア州に入ると、オーストラリアで(たぶん世界でも)一番長い真っ直ぐな道と言われる90マイルの直線道路があります。約150キロ、ひたすら真っ直ぐな道なのです。その道を走りながら感じたのは、ここに道を作らなくちゃいけないという当時の人々の強い意志です。その意志が、ここに道ができれば物資が動かせてお金が儲かるという、金銭欲と同義語だとしても、その強さに敬服してしまうのです。

しかし、現代には、もうここに道を作らなくてはいけないなんて場所は残っていないでしょう。それよりも作ってしまったけど今はいらない道を美しい自然に戻すための強い意志が必要なのかもしれません。そして、そのモチベーションの考え方が、大人と若者とでは、随分と乖離してしまっていると思うのです。金儲けという貧乏な時代の大人の論理ではなく、地球環境というテーマにずっと敏感な若者の論理で開発(回復?)は進められるべきなのだと、なが〜い退屈な道を走りながら思ったのでした。

Eat Local

今週は、Port Lincolnという街に滞在していました。ここは、オーストラリアでも有数の漁業の街です。街にはいくつもの日本で言えば〇〇水産みたいな会社があって、加工をしたり冷凍して輸出の準備をしています。安定した需要のおかげで、なんと、この街は、人口あたり一番ミリオンネア(日本円で言えば億万長者)の数が多いそうです。確かに、漁村というよりはお洒落なヨットハーバーの街みたいな場所もありました。


そして、その漁業を支えているのは日本市場。このPort Lincolnは南マグロの養殖が盛んで、その多くが築地に空輸されているそうです。日本人の食欲がこの街を作っていると考えると、その繋がりにちょっと嬉しくなったり、しかし、こんな南半球の遠くからコストやガソリンをいっぱい使ってわざわざ送っているグローバル市場の胡散臭さみたいなものを感じたりしています。

この旅で気をつけていることは、できるだけ地元の食材で美味しいものを食べようということです。今週は久しぶりに日本向けのマグロの刺身も食べたし、とれたての生牡蠣を楽しんだりしました。でも、一番フレッシュで美味しいと感じたのは、この地域の特産であるGarfish(日本ではサヨリ)のフィッシュ&チップスでした。これからも、グローバル市場に流されるおしゃれな食べ物ではなく、ローカルな人が食べてる素朴な味を楽しんでいきたいと思います。