1000位の壁

世界にはいくつか大学ランキングを発表している機関が3つほどあって、それぞれの観点で大学を評価してランキングをつけています。(University rankingで検索してみてください)昨日もTIMESというランキングが発表され、クイーンズランド大学からは8つもランキングが上がったとニュースが送られてきました。でも、ランキング50位と100位の違いって、そんなにないでしょうし、50位の大学を出たからって、100位の人よりも成功するかと言えば、そんなことも全く関係ないでしょう。


でも、世の中にはランキングの評価外の大学も数多くあるのです。どの世界ランキングも1000位とか1200位くらいまでしか発表されません。つまり1000位までに選ばれていない大学はアカデミック的には、世界ではあまり評価されていないということです。きっと、そんな大学の中でも、ある分野では優秀な教授は何人もいらっしゃるでしょうが、大学全体としては、ランク外なのです。

そして、オーストラリアの大学は43校中37〜38校くらいがランク内。日本の大学は750校くらいある中の50校くらいがランク内です。この結果から、すごく乱暴な議論をしてしまうと、オーストラリアの大学生のうち90%は世界レベルの教育を受けているのに対して、日本の大学生のうち7%しか世界的なレベルの教育を受けていないことになります。この状況で日本再生とかってどうするんでしょう。

ポストコロナの時代は、グローバルというキーワードはトーンダウンすると思います。それでも、日本という狭いフィールドで生きるのには窮屈な若者たちが、世界を目指すでしょう。そんな時に、世界的にしっかりと評価をされている教育を受けることが、重要なステップになると思います。

海外で働いたり暮らしたりすることに興味があって、高校時代に真面目に勉強した人たちには、オーストラリアの大学は大きく門戸を開けているので、(国境は来年まで閉まっていそうだけど。。)世界1000位までの大学にチャレンジしてみてくださいね。

海岸沿いの小さな街

今回の旅の目的地を決めるにあたって、「オーストラリアの魅力的な小さな街ベスト100」みたいなサイトはいくつか読んで検討をしました。そんな時に、いつも「クイーンズランド州の魅力的な小さなビーチタウン」と言うリストに出てきていたのが、今週滞在している「セブンティーンセブンティ(1770)」と言う街です。ジェームズ・クックがオーストラリア大陸に到着して海岸線を北上していく途中、滞在したことのある街として、その年号を街の名前にしてしまったという、考えてみたらけっこういい加減な(まあ、オーストラリアらしいといえばそうなんですが。)方法ですが、でも鎌倉幕府が始まった年を日本人みんなが忘れないように、この街の名前は、多くのオーストラリア人が覚えています。



街の公共機能は、隣のAgnes Waterと言う街にあり、1770にはキャラバンパークとホリデーハウス、そして実際に住んでいる人たちの家と2つか3つのカフェとレストランがあるだけです。



それでも、この街が魅力的なのは、最低限の開発しかされていないので、複雑な海岸線や眺めの良い丘やほとんど人のいないビーチが残されていることでしょう。でも、このコロナ禍で多くの人々が都市を離れて田舎に住み出しているようで、この街の不動産も高騰し、バイロンベイみたいに商業的にも発展するのではないかと、幾らかの人たちは期待しているそうです。



せっかくの自然の匂いが、都会っぽくなる前に、来年とか再来年の冬の時期にまた訪れてみたいと思います。

アートのつなぐもの

今週はGladstoneという港町に滞在しました。この街は、クイーンズランド州最大の産業製品の積み出し港で、石炭、アルミニウム、アンモニアなどの工場や精錬施設なども港に隣接して建設されています。オーストラリアの産業を支えている、でもおしゃれさには若干欠ける、あまり住みたいとは思わない街です。



とは言いながらも、近くのカフェに一度くらいは出掛けてみようと、滞在先のAirbnbから一番近いカフェを検索して行ってみました。どうみてもオフィスビルみたいな入口を開けてみると、ギャラリーの中にカフェが併設されていました。ギャラリーについても看板などはできていないので、たぶん、始まったばかりのプロジェクトなのでしょう。

バリスタをやっていた男性と話をしたら、数ヶ月前に10年近く住んだニューヨークから、コロナウイルスの混乱から逃げるために、ご両親の住むこの街に帰ってきて、お父さんのオフィスを改装して、ギャラリーとカフェを始めたとのこと。来週には、「鳥」をテーマにしたアートを集めて、展覧会をするので、ぜひ来てよ、みたいな話をしてくれました。


確かに、ニューヨーク(ブルックリンだそうです)の生活に慣れ親しんだ人にとって、このGladstoneという街はあまりに田舎すぎるので、アートを使ってコミュニティーを活性化させるというのは自然な発想なのかもしれません。(それにそのためのコストはあまりかからない)


僕たちがコーヒーやアート鑑賞を楽しんでいる間にも、来週の展覧会用の絵を持ってくる人がいたり、ファンの若者たちがコーヒーを買いに来たりしていて、ネットワークが広がっていることを感じました。どんな街にも、おしゃれな人や素敵な生活を目指している人たちは、隠れていても存在するわけで、そんな人たちを繋いでいくのはアートのイベントなのかもしれません。結局、このカフェには水曜日から今日まで3日間、通ってしまいました。

ヤプーン

Yeppoonという街に来ています。一度聞いたら忘れない名前のここはRockhamptonという大きな街の海側にある、リゾート地です。と言っても、ゴールドコーストやケアンズに比べると、ずいぶんと小さな街です。





写真にあるように、小さな半島がいくつもあって、眺めのいい場所に簡単に行くことができます。海は青いし、グレートバリアリーフの最南端に近いエリアなので、沖に出ると珊瑚礁の島もあったりして、シュノーケリングなども楽しめるようです。

今は、オーストラリアは冬ですが、この辺りの今週の最高気温は22度とか23度くらい。とても過ごしやすい気候です。オーストラリアの冬を過ごすには、このグレートバリアリーフのあたりが最高だと思います。そして、人気の観光地でもないので、オーストラリアの余裕のある人々の普通のライフスタイルを経験できるのは、人生の視野を広げるいい経験ができると思います。


日本の若者たちは、多くが都会に住んでいるので、都会のライフスタイルの楽しみ方は、すでに経験ずみだと思います。東京の生活もシドニーの生活も大きくは変わりません。(シドニーの方が自然も多くて、僕は好きだけど)ですから、オーストラリアに来てまで、都会にこだわる必要もないかもしれません。

ワーキングホリデーなどの自由な時間を使えるビザであれば、こんなYeppoonみたいな街に住んでみると、お金をあまり使わないで人生を楽しむ方法が身につくと思います。都会のレストランでお皿を洗って、一生懸命稼いだお金で、おしゃれなレストランで食事をしてインスタで自慢するような、なんか喜劇のような生活をするのではなく、稼いだお金でいいライフスタイルのヒントを探しにいく旅をしていったら、楽しいですよ。20代って、そういうことをするためにあるのだと思います。

語学留学の新しい目的

コロナウイルスの時代に、社会的に大きく変わったことのひとつは、リモートで働くことが増えたことだと思います。オーストラリアはちょっと感染者が出るとロックダウンをしてしまうので、僕の会社では、今でもほとんどのスタッフが自宅から仕事をしています。もちろん、東京のオフィスも必要な時だけ出社するというスタイルです。(月に数日あるかないかくらいのイメージです。)

これは日本の会社だけの特別な話ではなく、世界中の会社で同じようにリモートで働くことが普通になっています。オーストラリアの求人広告を見ても、勤務地はどこでも、みたいなものも多く見かけるようになりました。つまり、僕のように、旅をしながら仕事をすることが誰でも可能になっていくのだと思います。


でも、リモートで働く人たちに対して、日本企業ってどのくらい普通に扱ってくれるのでしょうか?自宅からはいいけど、旅をしながらの勤務はいかがなものか?とか言い出す人が、なんでか分からないけど、出てきそうな感じです。そんな、せこい人たちのおかげで、日本の生産性が上がらないのかもしれません。もちろん、そんなことは気にもしない素敵な企業も多くあると思いますけど。

もし、何か売れるスキルがあって(ITでもマーケティングでも何かの分析でも)、かつビジネスレベルの英語が使えるのであれば、これからの時代は、日本の田舎からでも、あるいは世界を旅しながら、世界中のどこかの企業で働くことが可能というか、そのレベルの人たちの中では普通の働き方になってくるのだと思います。

ですから、語学留学というものは、「日常会話ができるようになりたい」みたいな目標ではなく(それは国内の英会話学校で十分到達します)、異文化の理解も含めて、ビジネスで使えるレベルの英語習得を目指す方向にフォーカスされていくのだと思います。そして、就職に有利そうだからというなんとなくの理由ではなく、日本を含めた世界の企業で、どこからでも働くライフスタイルを確立するために、絶対に必要なものになっていくのです。

これからの日本の未来に不安を持っているなら、本当に英語は使えるようになっておいたほうがいいと思いますよ。

車のナンバー落としちゃった

西オーストラリア州で行きたかった場所の一つはバングルバングルというアウトバックの場所です。幹線道路から舗装していない道を50キロくらい運転して、インフォメーションセンターに到着して、そこからさらに10キロくらいの宿に滞在しました。

50キロの舗装されていない道だったら1時間くらいでしょ?みたいに思っていたのに、Google mapくんの予想では幹線道路から2時間、走り始めて、その意味が分かりました。とにかく道が悪いのです。そこをランドクルーザーみたいな本格的な4WD車たちは時速50キロ以上のスピードでラリーのように走っていきますが、我がスバル フォレスターくんは都会育ちなので、恐る恐る時速30キロくらいで走っていました。


そして、途中で5回くらい、小さな川を渡らなくてはなりませんでした。どのくらい深いかは分かりませんでしたが、進むしか選択肢がない(宿に着けない)ので、水に浸かる時間を短くするために、それなりのスピードで突っ込んでいました。なんとか無事に到着することができ、安心して、バングルバングルの景色をそれから2日間楽しむことができました。
(それについてはまた書きたいと思います。)

そして、帰りはまた長い荒れた道を50キロ走って、また5回、川を渡って、幹線道路に着いて休憩をしながら、ふと前方から車を見たら、、、

ナンバーが無い!


ことに気づいたのです。きっと僕のナンバーはどれかの川に沈んでいることでしょう。

これは、かなりまずい事態なのでは無いかと、次の街の警察に行って事情を話したら、「しようがないから、住所のあるクイーンズランド州に行くまでは、適当にボール紙にでも番号書いて貼っておいて。」みたいな指示が。「え、そんなんでいいの?」とは思いつつ、さすが、オーストラリア。顧客満足度を第一に考えてくれています。ということで、マジックとボール紙と荷物用の透明な梱包テープでナンバープレートを作成して、パトカーとすれ違わないことを祈りながら、2週間ほどドライブを続けました。

そして、クイーンズランド州に入り、落ち着いたので、その街の運輸局のオフィスに行きました。なぜナンバープレートが消えてしまったかについて、しっかりと理由(言い訳)を説明できるようにメモまで作っていたのに、担当のおばさまは、全く理由を聞くこともなく、
「はい、あなたの選択肢は2つ。32ドル払って、新しいナンバープレートを買う。これは、すぐにあげます。残っている後ろのプレートを外して持ってきてね。もう一つは、今までの番号をキープするために、新しいプレートをオーダーします。これは100ドルかかって、できるまでに1週間くらいかかります。どっちにしますか?まあ、普通の人は新しいの買いますね。」という、これまたお客様第一な解決案。というより、めんどくさいことはしたくない雰囲気がありましたが、その場で全てが終わってしまうのは旅人にはありがたかったです。

ちなみに、日本でナンバーの紛失などで検索してみると、やはり面倒な手続きが必要でした。その場で新しいナンバーを買っちゃうみたいな発想はないのだと思います。でも、考えてみると、古い番号は抹消し、新しい番号を車に紐付けるだけの話だから、オンラインで全てが進む、オーストラリアの方式の方が生産性はずっと高いのです。

日本のお役所仕事の生産性アップは楽しそうな仕事ですね。

これって、理想的な老後?

Bowenというクイーンズランド州の海沿いの街に滞在しています。クイーンズランド州の人にはマンゴーの産地として有名で、我が家では11月から年末にかけてはBowen Mangoが夏のデザートです。(年が明けると、なぜか飽きちゃうんだけど)


この街に来たのはもちろん初めてなのですが、冬は落ち着いた観光地という感じです。ほぼ毎日のように、ランチの時間は宿からすぐのビーチに行って、ちょっと泳いでグレートバリアリーフの端っこのサンゴとそこで泳ぐ小さな魚たちに挨拶するという日課でした。


ビーチには、寒さを逃れてやってきたお年寄りたちを多く見かけました。毎日同じようなメンバーのお年寄りのご夫婦たちが(といっても僕といくつも違わない感じですが。)のんびり、日光浴をして本や雑誌を読んでいました。スマホのない時代に戻った感じで、懐かしかったです。


でも、そんな幸せそうな姿を見ながら、ふと、これって、僕が老後にやりたいことなのかな?という疑問も湧きました。

一生懸命働いて、引退して、子どもたちも巣立って、心配事も少なくなって、でも残り時間も見えてきた時に、のんびりとビーチで読みたかった本でも読もう!って思うのでしょうか?今は、良くわかりません。わからないということは、きっと違うのだと思います。

たぶん、僕の場合、旅をしたり、若者たちと話したりすることなど、やりたいことをやり続けているうちに、だんだん衰えたり、病気になって、それが出来なくなって人生が終わっていくのでしょう。だから、若い人たちにアドバイスがあるとしたら、やりたいことは、準備ができるまで待ってないで、今日から始めた方がいいのです。もし、やりたいことがない人は、やりたくないことはやらないで生きていけばいいのです。

理想的な老後も平均的な老後もマスコミや社会が作った幻想のひとつです。そんなもののために、若いうちに何かをセーブしないでくださいね。同じ人間なら19歳でも29歳でも59歳でも、性格や考え方はほとんど変わりません。19歳の時に、我慢して生きていると、59歳でも79歳になった時のことを心配するようになっちゃいますよ。

タウンズビルで考えたこと

前回の旅のブログは西オーストラリア州のブルームという街の話だったのですが、あれからたった半月で、オーストラリアのほぼ反対側の東海岸のタウンズビルという街に今週は滞在しました。その間、何をしていたかは、またブログを書きたいと思いますが、あまり電話もつながらない、大自然の中で生きていました。



さて、ここタウンズビルですが、人口18万人、クイーンズランド州の北部では最大の街です。海も山も街もあるので、車があれば、飽きることはなさそうな気がします。今週は冬にもかかわらず、最高気温は25度以上の日がずーっと続いていました。朝夕は15度くらいなので、散歩には最高。でも、きっと夏は暑そうです。寒いのが嫌いな人、夏服だけしか持っていない人は、ぜひタウンズビルに留学してみてください。海洋学や環境学で有名なジェームズ・クック大学があります。街から車で15分くらいの郊外の自然あふれる素敵なキャンパスです。




さて、ここ数日、東京やシドニー、メルボルンなどの大都市に生活することと、このタウンズビルなどの地方都市に暮らすことの違いって何なのかを考えているのですが、誰にでも思いつくようなことはさておき、僕なりの言葉で考えると「迷路の楽しさと荒野の楽しさの違い」みたいなイメージです。どちらがいいのかは人それぞれです。日々、迷路が増殖してそれをくぐり抜けながらゲームのように人生を楽しんでいくのか、大きな時間の流れの中で、そして大きな空間を見渡しながら、一歩一歩進んでいくことに生きがいを感じるのかは人によって、そしてその人のライフステージや年齢によっても、どちらが良いのかは違ってくるのだと思います。

不幸なことは、荒野に適している人の多くが、誘惑たっぷりの迷路にはまって、逃れられなくなっている状況なのかもしれません。迷路のゲームは友だちを含めた多くの人たちが参加しているので、そこから抜け出すのには、ちょっとした勇気が必要かもしれませんが、実際に抜け出してみると、その視界の広さにびっくりすることもあるかもしれませんよ。

あと1年

オーストラリアは7月が新年度なので、毎年この時期には、その年度の目標を書いているのですが、今年は旅の途中で、ここ2週間はほとんど携帯がつながらないアウトバックを毎日のように長時間ドライブをしていたので、じっくりとブログを書く時間がありませんでした。来週からまた、1週間は同じ場所に滞在して、生活をしながら移動していくスタイルに戻るので、さまざまな発信をしていきたいと思います。


さて、すでに1年以上国境が閉じたままのオーストラリアですが、留学生に対して国境が開くのは、今から1年後くらいになりそうです。僕たちの会社も、それに対しての準備をしています。幸運なことに資金的には、大丈夫だと思いますが、そんな耐えなくてはいけない状況でも、少しでもいい会社になるためにどうしたらいいかを考えています。業界的にはこの状況を生き残るだけでもすごいとは思うのですが、この危機を乗り越えた時にもっとかっこよくなっていたいのです。


まずは、スタッフの方々がさらに安心して働ける環境づくりを行いました。具体的にどのようなことをしたかは、ちょっと企業秘密ですが、オーストラリアの日系の留学会社の中では、圧倒的に正しく、スタッフの方達の雇用が保証されている会社になったと思います。コロナウイルスの影響で、多くの留学関係の人々が、業界から去っていきました。経営者たちは、きっと苦渋の決断だったと思いますが、僕はそのような意思決定をしたくないので、一生懸命考えていきたいと思います。

そして、これまでと変わらずに、若者一人ひとりに向けて、メッセージを発信していきたいと思います。留学って、とても個人的な経験のはずなのに、「日本人に人気のコース」とか、「格安の資格取得のための留学」みたいな、注目を引くためだけの安易なマーケティングメッセージがはびこっています。(今の世の中は、どこもそうかもしれないけど)僕たちは、多くの若者に受けなくてもいいから、一人の人が興味をもったり、一人の人の心を揺さぶるようなメッセージを発信していこうと努力しています。そのために、オーストラリアの現地で大学や学校と常にとがったメッセージについて話をしています。

そんな僕たちのメッセージに問い合わせをして、留学した若者たちは勉強も頑張るし、話していても楽しいし、お客様というよりは、若い友人として僕たちのメンバーに新たな刺激を与えてくれます。純粋に、僕たちはそんな若者たちが増えていくのが楽しいのです。売上よりも、そんな若者たちとの時間が、僕たちがこの仕事をやり続けるドライビングフォースになっているのだと思います。

ブルームに月を見にやってきた

西オーストラリア州の州都のパースから、ブルームまで2,700キロ。途中、ピナクルズ、Kalbarri、Shark Bay、Minilya、Karratha、Port Headlandに泊まったり、数日滞在したりして、2週間の行程でした。


この距離って、日本でどのくらいなのか調べたら、稚内から鹿児島まで車で移動したのと同じくらいです。オーストラリアは本当に広いです。

西オーストラリアの北側って、鉱業で発展した街がほとんどなので、あまり魅力的では無いのですが、このブルームに来るために頑張ってきたという感じです。その目的は、「月への階段」という自然現象。ブルームは東にすごく長い遠浅の海岸があり、そこで満月が登る時には干潮とも重なって、月に向かって階段ができたように見えるというものです。

その現象が見える日には、地元のマーケットも開催され、ある意味お祭りな感じでした。オーストラリア中からやってきた観光客たちが、この小さな街にこんなにいたのかというくらい混んでいて、たった20分くらいの自然現象をみんなで楽しもうという雰囲気でした。



月が昇ってくると、ちょっと歓声が上がり(日本だったら拍手する人もいるのかな。)幻想的な赤い月が見えてきます。月の引力のおかげで、まさに海の水が引っ張られているように潮が引いて、遠浅の海岸が干潟のようになって月に向かっての光の道が現れます。



こんな幻想的な景色を、昔の人たちはどんな意味を見出しながら見ていたのか、そんな想像をしながら、眺めていました。きっと、ニュートンよりもずーっと前に、月が持つパワー(引力)によって海の水が引いていくことは知っていたに違いありません。そして、クリエイティブで、魅力的で、実用的な(その日は魚や海の生物がよく獲れるみたいな)物語が受け継がれていったのだと思います。

物事や現象に意味を見出すのは、人間でしかできないことだし、昔の人たちの一番の知的な遊びだったに違いありません。たとえ間違っていたとしても、Googleに頼らずに、ちょっとだけ自分の頭で想像してみるのは、いいことだと思いますよ。