就職のときに考えたこと

『で、僕がそこで何をするかっていうとさ、誰かその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をさっとキャッチするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやってる。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。たしかにかなりへんてこだとは思うけど、僕が心からなりたいと思うのはそれくらいだよ。かなりへんてこだとはわかっているんだけどね。』    The Catcher in the Rye   J.D.サリンジャー 村上春樹訳
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By Arenamontanus

たぶん、私たちの世代はほとんどの高校生がこの本を読み(村上春樹の訳ではなかったけど)インチキくさい大人の世界や社会に対して、嫌悪感を持っていました。といっても、この本自体に嫌悪感を持っている人も多かったので、高校のときは、一度読んでそのまま本棚行きとなっていました。

そして、どういう訳か就職活動を始めたとき、本棚に並んでいたこの本を何となく読み返して、ライ麦畑のキャッチャーってどんな仕事なんだろうと考えたのです。そのときには、自分自身がインチキくさい大人にならないように、いつも情熱を持って楽しんで仕事ができる場所を探そうと思いました。

幸運にも、とてもいい会社で働くことができ、エキサイティングなビジネス人生を送らせてもらいました。そして、独立をするというときになって、またこの『ライ麦畑のキャッチャー』のことを思い出したのです。今、私がやっている出来るだけ多くの若者たちに海外で学ぶことを経験してもらう仕事は、まさにインチキくさい社会に落ちてしまわないようにするキャッチャーだと思っています。旅行とかではなく、本当に世界を経験した若者たちは、例えどんなおかしな社会に入ったとしても、自分の力でそれを良くしていけるものだと信じています。

私は、きっとこれからも、インチキな大人や権威や社会と戦い続けながら、若者たちが簡単に崖から落ちないように見張っているんだと思います。

 

意思決定するための情報

先日、オーストラリアの大学で学んでいる娘から「レーシック手術を受けようかどうか考えているけど、どう思うか?」という相談のメールがありました。彼女の視力はとても悪い訳ではないのですが、日常生活のために、夜にコンタクトレンズで目の形を矯正して、昼間は裸眼でいるということをしています。

親としては、どうしても手術のリスクについて考えてしまいます。ネット上で交わされているやり取りは、広告のようなものから、悪意のあるものまで様々で、ニュートラルな立場にたったものはなかなか見つかりません。確かに、人の意見というものに中立なんてことはほとんど無い訳ですから、どの情報を信じるかの意思決定も難しい話です。
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そんな情報を一通り見た後、娘に電話をして、リスクについてどう判断すべきかを聞いたところ、「インターネットにやり取りがされている質の悪い情報は見ないようにしてる。それよりも医学的な研究や論文にアクセスして決めるようにするよ。」と大学生らしい答えが。すでに世界では様々な研究がされていて、英語でリサーチが出来れば意思決定をするための十分な情報は手に入ります。

このようなリサーチをするという姿勢が、英語というツールを普通に使える大学生たちの一般的なものであるとしたら、やはり英語はこのレベルまで出来た方がいいと思います。そして、1年でもいいので日本の若者には世界の大学というものを経験してほしいと思うのです。休学して留学をしに来ている学生たちが良く話してくれるのが、この英語の世界でリサーチの技術を学ぶことが面白いということです。

娘がどのような判断をするのかは分かりませんが、私の仕事はそのプロセスを確認して、判断を尊重することだと思っています。親の出番はだんだん少なくなってきました。それは、きっといい事なのでしょう。

練習試合は出来るだけ多く

先日、テニスの試合に出場したら、試合勘というものを全く無くしていて思ったようにプレーができませんでした。そっかあ、日本で語学学校に行っていた人が、オーストラリアに来ると現実に打ちのめされるのと一緒なんだと妙にポジティブにとらえて、これからはどんな相手でも見つけて試合の練習をしようと思ってます。大切なのは、ただの練習ではなく、緊張感のある「練習試合」でなくてはいけないことだと痛感しました。

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By Langports

さて、オーストラリアの留学の話に戻すと、オーストラリアでワーキングホリデーに来て、地元のカフェで働くことが試合だと考えると、日本から来て、いきなり試合に参加するのは、よほどの英語力が無い限りかなり無謀な計画です。また、大学生が休学して、オーストラリアの企業でインターンシップすることが試合だと考えたら、カフェよりもずっと高い英語力を求められます。これもほとんどの学生たちが、日本にいる間にそのレベルの準備を完了するのは難しいです。

だからこそ、オーストラリアの学校での練習試合が必要になってきます。ここで実戦に近い練習をしておくことで、ローカルのカフェでの仕事や、企業でのインターンシップなどの道も開けてきます。日本や南の島の語学学校では限られた国籍の人にしか会えませんが、ここでは世界中から留学生が集まっています。そんなアウエーな状況で、練習試合ですから、どんどん攻めた方がいいです。僕たちのマインドセットには、学校というところは先生の指示をしっかり聞いて、授業中いい子にしていることが大切だと植え付けられています。オーストラリアの語学学校はそうではありません。あくまでも実戦の場所として、どんどん自分をアピールしていく必要があります。この練習試合をしっかりと行った人に、試合を楽しめる権利が与えられるのです。

幸せを定義するためのギャップイヤー

若いうちに「幸せ」を定義するのって、人生においてとても大切な気がしています。

「幸せ」を作る要素は「お金」とか「家庭」とか「仕事」とか、本当に人それぞれだと思いますが、海外に出るとその要素さえも日本の文化の中で規定されているものだと気づきます。特に語学学校などで出会う世界各国からの若者たちは、それぞれ全く違う「幸せ価値観」を持ってくるので、どこかの国で暮らし始めるよりカルチャーショックを受けることができて面白いです。

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「自由」がほしい、「愛する人」がすべて、「お金」がほしい、「有名になりたい」、「自然を傷つけずに生きたい」、「旅」がすべて、、、どんな生き方も否定されないのが世界だと思います。「人に迷惑をかけずに、質素に家族仲良く暮らせればそれで幸せ」でもいいのですが、自分なりの「幸せ」を定義する前に、世界の人々と話をすることをお薦めします。そのために英語を勉強しましょう。

日本に帰国したときに、「これが、俺の、私の、幸せだ!」と言える人は、マスコミや会社や国に惑わされること無く、逞しくその後の人生を歩んでいけます。そして、実はそんな人を企業も国も愛する人も求めているのだと思います。

 

期待されないのがエネルギー

この週末に、シニア用のテニスクラブに入会しようと思って朝一番に出かけてきました。クラブハウスには、この地域で有名らしいコーチとクラブの経営をしている奥さんがいらっしゃいました。

「入会したいんですけど。」

じろっと僕を見下ろしながら(オージーのスポーツマンは確実に僕よりも、かなりでかい)、彼女に聞いてとカウンターを指差しました。なんか、偉そうなおっさん。
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それで、奥さんにお話を聞きながら入会書類を書いていたのですが、自分のテニスのレベルを申告するところがあったので、このABCのレベルはどのくらいか聞いてみました。すると奥さんは「Aはみんなすごく強いのよ。」(つまりは、あなたはどう見てもAには見えないけど、ということでしょう。)と言われたので、「そうだよな、どう見ても弱そうだよな。」と思いつつ、「じゃあ、ここは入ってから決めるとして、、。」と若干の抵抗を試みました。

僕はこのようなことで、すごくやる気になります。ちょっと馬鹿にされたり、期待されていないのが分かると、それを打ち破りたくなります。この仕事を始めた時も、競合の方からはけっこういじめられましたが、おかげさまで会社は元気にやっています。

そんな話を、うちの奥さんとしていたら、彼女は「期待されないとモチベーションが上がらないタイプ」。そっか、世の中にはそういうタイプの人もいて、逆に今の若者たちは、そのような人の方が多いのかも。そんな人たちがくじけないためにも、留学における現地サポートは大切だなと思います。このブログを読んでいる方達は、どちらのタイプでしょうか?

これから1年後、きっとテニスクラブで僕は50歳カテゴリーの中心選手として、人気者になっていると思います。180センチ以上のでかいオージーのおっさんたちを、にこにこしながらドロップショットやトップスピンロブで走りまわらせてあげたいと思います。

道を作る人になろう

先日、ゴールドコースト郊外のspringbrookの森の中に住む環境コンサルタントの家に遊びに行ってきました。

ちょうどパースの大学で環境保護を専攻している娘が来ていたので、同じフィールドの先輩からのアドバイスなど聞きたくてお邪魔しました。とても有意義な会話のあと、みんなで近くの森を散歩してみました。少し歩くと遠くに滝が見える場所に出てきました。すると彼は、ここから先は、今は通行止めだけど友達とはここから降りていっちゃうんだよねとけもの道みたいな入り口を教えてくれました。こういう人たちは、遊歩道があるかどうかなんて関係ないんだなと、はっとさせられました。
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私たちは、小学校の頃から、いつも安全な道を歩くように訓練されています。山道を歩くときなどは、ちゃんとした道を歩かなければ命の危険もあるかもしれません。しかし、プロたちは自分自身でリスクを見極めながら道を作っていきます。リスクを把握していれば、どこを歩くかではなく、どこに向かっているかに集中できます。私たちはみんな幸せになるために歩いています。しかし、今歩いている踏み固められた道は、本当に幸せにつながっているのかは立ち止まって考えてみるべきです。

もし、海外に幸せのヒントがあると感じたら、道の無いところを歩いてみる勇気を持つことです。少なくともオーストラリアではリスクをコントロールできる手助けができると思います。

 

隕石はどこにでも落ちる

先週、ロシアに落ちた隕石の話題は、オーストラリアでもけっこう長い期間ニュースで取り上げられていました。空中で爆発したのでそれほど大きな被害にはならなかったし、多くの映像が撮影されているので、飛行機雲の大きなものみたいなイメージしか残らず、日本ではすでに消費されてしまったニュースだと思います。

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         Wolf Creek Crater                          By NeilsPhotography

私が初めてオーストラリアに来たのが、隕石が落ちたクレーターの映像を撮影するというプロジェクトでした。何万年も前に落ちた隕石の跡がオーストラリアのような安定した大地にはまだいくつか残っています。その隕石衝突の衝撃は、多くの生物や自然には大きな影響を与えたでしょうし、その場に行って感じたことは、私の30代以降の考え方にも大きな影響を与えました。「隕石はどこにでも、いつでも落ちる」、宇宙という大きな自然の中では、それは今回の隕石のように突然やってきて、運が悪ければ、地球の環境に大きな影響を与えるほどのインパクトがあるのだということを理解することは、ある種の臨死体験みたいなもので、それ以降はよりチャレンジをする人生に変わったと思います。

それは、コントロールできないことを思い悩むのではなく(だって、隕石が落ちてきちゃうこともある訳だし)、自分の周りのコントロールできることに対して謙虚にベストを尽くしていこうというものです。今回の、隕石のニュースを見て、15年以上前のオーストラリアとの出会いを思い出しました。

ガイドブックは捨ててしまおう

毎朝、海沿いをジョギングしていると、日の出の時間に合わせて中国からの観光客を乗せたバスが止まって、皆さん砂浜で写真を撮っています。ほぼ毎日の出来事なので、あらためて中国パワーのすごさを感じます。きっと中国のガイドブックで、ゴールドコーストでするべきことのリストに載っているのではないでしょうか?
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By banjobelknap

「そういうお仕着せの旅行はいや」と思っても、多くの留学生たちも実は似たようなことをしています。ガイドブックを元にした何をすべきかのリストがあり、そのリストをつぶしていくことで満足感が得られ、ガイドブックに書いてないことが起こりそうになると、とたんにそこから逃げてしまうのです。

私がこの留学ということをテーマにビジネスをしている一番の理由は、先生や友人や上司や組織の言うことをフォローすることを押し付ける日本社会を飛び出すことに意義があると思っているからです。ガイドブックをフォローしていると、何も自分は変化しません。それどころか、その内容が正しかったかとか、自分に合っていたかとか評価者の立場になって、さらに殻に閉じこもってしまうことになるのです。しょせん、ガイドブックは誰か他の人の人生です。それを一生懸命フォローするなんて、よく考えればもったいない時間ですよね。

最初の1週間でガイドブックは捨ててしまいましょう。それよりも留学で体験する面白エピソード集を自分なりに編集していくことが、きっと日本に帰ったときに就職にも新たな出会いにも活きてくると思います。留学を成功させているというのは、そういう人たちです。

 

海外進出の新たな機会

先週末に、ゴールドコーストのアパートにインターネットを引く申し込みをOptusという電話会社のWEBサイトから行いました。「お申し込みありがとうございました。あらためて連絡します。」というメールが届きました。

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そして休み明けの火曜日、携帯に電話がかかってきました。営業マンらしき人が「この度は申し込みありがとうございました。つきましてはIDなどを確認したいので、、、」という訳で、生年月日とか住所とかカードの下4桁などを伝えるとまたスケジュールなどをご連絡しますと言って切られました。それから2時間後、同じ番号から電話だったので、スケジュールが決まったのかと思って出てみると「この度は申し込みありがとうございました。つきましてはIDの確認を、、、」おいおい、それはさっき違う人に話しましたよ、社内で確認してくださいと伝えて、個人情報を伝えるのは拒否しました。それからまた2時間後、今度は「Optusです。残念ながら、お宅にはネットをつなげることはできないことが分かりました。。。」普通のマンションなのに、どういうことなのか分かりませんでしたが、面倒くさいので「はいはい、キャンセルでかまいません。」とキャンセルの確認をしました。そして、それからまた2時間後電話がかかってきて、「この度はお申し込みありがとうございました。つきましては、IDの確認、、」さすがの私もあきれ果てて、今日はあなたで4人目の電話だということ、どうみてもサービスのシステムがおかしいということなどを伝えました。クレームを言うときは英語のほうが若干勇気が出るのは僕だけでしょうか。「お客様の不満は、ごもっともです。社内でまた検討させてもらいます。」こんな言葉もマニュアル通りに話しているだけという対応で、日本のサービス産業の質の高さを感じました。

ということは、、日本の会社にはまだまだ進出する余地が大きいということです。私が通信会社の社長だったら、中堅のオーストラリアの通信会社に投資して、サービスチームは日本から連れてきて改革をしたら、サービスの質の評判でシェアを伸ばせると思います。モノを輸出することで高度成長を実現した日本ですが、サービスという市場にも大きなポテンシャルがあることをアピールしていきたいですね。

グローバルについての2つの文脈

最近は「グローバル人材」がキーワードのセミナーや雑誌の記事や情報がブームになっていて、おかげさまで海外に留学する若者たちも徐々にではありますが増加傾向であるようです。
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ただ、この「グローバル化」という言葉に大きく分けて2つの文脈が混在しているので、気をつけていかなくてはならないと思います。

1つは、日本人は世界に出かけていって他国の企業との競争に勝って、シェアを拡大していかなくてはいけない!という高度成長期に育まれた文脈の復活を唱えているもの。大企業の社長さんなどが、「今時の若者は、、」と怒っているのがこのパターンです。

私は、どうもこの文脈に違和感を覚えます。

確かに、これからの日本経済は国内需要だけでは成長することは不可能で、海外市場を視野に入れていかなくてはなりません。しかし、海外に出て行って「戦う」のではなく、どうやって異文化の人々と共通の目標を持って仕事を進めたり、協力しながらプロジェクトを進めていける人間になるかが、現代の「グローバル」に求められていることです。

そのためには、英語の上達は十分条件ではなく、海外で、それも様々な国から来た人々の間で自分のポジショニングを探していき、生活を楽しむ経験やスキルが必要になってくると思います。留学やギャップイヤーはその部分を考えなければ、意味が無いと思います。単に英語だけを向上させたいなら自分でできることはいくらでもあります。「留学に行かないでもTOEICで満点!」みたいな方も多くいらっしゃいます。

しかし、様々なバックグラウンドを背負った外国人たちの中で、悩み、傷つき、笑い、語り合い、仲間になっていくプロセスを経験していくことが、TOEIC満点よりも価値のある時代になってほしいと思います。